日本が誇るべき2つのこと

 そうした中で、対中国、さらにはアジアの中で、政治・経済での日本の立ち位置をどこに置くかがますます問われるようになってきていますね。中国とアメリカの覇権争いが進むアジアでは、日本に対して、その間でうまくパワーバランスをとってほしいとの声をよく耳にします。
 ところが、日本がどのようなテーマで存在感を示していくのかがいまいちはっきりしていません。

 日本の立ち位置を考える上でポイントとなるのは、アジアの中で日本の誇るべき軸は何かを見ていくことです。
 私自身は、それは2つあると考えています。1つが、唯一の戦争被爆国として、世界の非核化に向けて先頭に立っていくこと。
 ところが日本は、2017年7月に国連で採択された核兵器禁止条約に、アメリカの「核の傘」の下にあることから参加しませんでした。一方、東南アジアに目を向ければ、ASEAN(東南アジア諸国連合)10カ国のうち、シンガポールを除く9カ国がこの条約に参加。この条約に参加するということは、東南アジアという地域を「非核ゾーンにする」という決意の表われです。その彼らから日本を見た時、あれだけ核で悲惨な体験をしたにもかかわらずこの条約に参加しないことがどう映るか。
 私が強く思うのは、同盟国のアメリカの意向を忖度するのではなく、むしろ「日本はこういう立場だ」ということをはっきりさせた上で、核のない時代に向けて日本がアジアの先頭に立っていく必要があるということです。

 そして、2つ目の日本の誇るべきものは「デモクラシー(民主主義)」です。
 たしかにお隣の中国は、ものすごい勢いで経済力を拡大している。しかし、その経済力によって本当に国民を幸福にしているかといえば、そうともいい切れません。共産党一党独裁体制のもと、デモクラシーとはほど遠い状態にあり、特に経済的に下層に属する人たちの暮らしは目を覆うばかりの有様です。
 一方の日本にはデモクラシーがあります。それは、日本が世界に対して胸を張るべきものなのだということを、もっと国民の一人ひとりが意識する必要があります。
 こうした2つの軸を持っていることを、英語でいうところの「レジティマシー(正当性)」とし、アジアの他の国々からリスペクトされる立ち位置を確保する。世界を生きる上でこれは非常に重要だと私は考えています。

 今や経済力やデジタル化においても中国に押し負け気味の日本ですが、だからこそ、アジアにおいて、そのレジティマシーをどう明確にしていくかかが問われているわけですね。

行き過ぎたマネーゲームの臨界点が
刻々と迫ってきている

 最後の質問ですが、2017年は絶好調だった世界経済の成長をストップさせかねない最大のリスクは何だと、寺島先生は考えていらっしゃいますか?

 私が非常に懸念しているのは、冒頭でも触れた、今のマネーゲームの肥大化が、「リーマンショック・パート2」のようなシナリオにつながるのではないか、ということです。
 それは、2018年に起こるとはいい切れませんが、臨界点が刻々と迫っていることは事実です。
 たとえば、原油価格にしても、かつては需要と供給の関係が大きなファクターになっていたのが、今やそれ以上にマネーゲームのファクターが重要になってきています。
 2017年8月にウィーンで開かれた中東協力現地会議(一般財団法人中東協力センター主催)で基調講演をした際、OPEC(石油輸出国機構)の専門家や、各国のエネルギーの専門家などといろいろ議論する機会がありましたが、その中で、この先10年を見た時に、需給関係で原油価格が1バレル70ドルを超すことはないだろうが、マネーゲームというファクターが絡んでくると話は違ってくるだろうというのが、多くの専門家の一致する意見でした。

 2013年に原油価格が100ドルを超えて推移していた時も投機マネーの流入が背景にありましたね。ということは、同じ状況になるかもしれない、と。

 世界中にジャブジャブと溢れているお金は、今、ビットコインなどの仮想通貨に流れていますが、仮想通貨が危ないとなれば、再び原油に流れてくる。
 そうなれば、1バレル100ドルを超す可能性も十分に考えられます。2008年のリーマンショック直前に、原油価格が130ドルくらいまで跳ね上がったのも、マネーゲームによるものでしたから。
 さらに、こうしたマネーゲームに絡んで市場が動くのは、エネルギー分野だけではありません。さまざまな市場、さらには国家まで引きずり込まれています。
 日本も例外ではなく、株価と内閣支持率が連携しているという認識で金融政策が展開されているから、日本銀行がETF(上場投資信託)を年間6兆円程度買入れたり、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)がルールを変更して、運用資産の基本ポートフォリオ(運用構成)において、日本株と外国株の割合を増やしたり、ということが行なわれています。
 これは、公的資金を投入して株価を支えているようなものです。株価が好調といっても、結局、「官製相場」なのです。
 そうした幻想の中にいるのではなく、今の日本の経済界がやるべきことは、原点に返って産業力、技術力、そして人材を育てる力を取り戻すことのはずです。
 それが日本型の資本主義の誇りだった。それがいつの間にか、政府まで一緒になってマネーゲームの話ばかりしている。

 経済政策も金融政策も、非常に短期的な視野で展開されていると思えてなりません。今さえよければいい、と。もっと先を見た政策を実行していかないと、非常に危険だと私は感じています。
 2017年の秋の衆議院議員選挙では自民・公明が圧勝し、安定政権の今だからこそ、改革をもっとやっていくべきなのに、むしろ日銀の金融緩和政策が続くことで、痛みを伴う改革の実施といったところから目を背ける風潮が強くなっていると感じられてなりません。
 その金融緩和政策にしても、「正常化」に舵を切るのは、政権が安定し、世界的に景気も好調な今がチャンスだと私は言い続けているのですが、いまだその気配はありません。それどころか、日銀の黒田総裁からは、今の金融緩和政策を粘り強く続けていくという発言も出ていますからね。

 金融政策を景気浮揚策とするという考え方は限界が来ていると思います。
 アメリカの中央銀行を見ても、欧州の中央銀行を見ても、それぞれが金融のプロという意識を持って議論し、機能している。
 一方、日本の場合、首相官邸、および政治に対する忖度で中央銀行が動いている。この現状に、日本の経済人たちは気づかないといけないし、よく考える必要があります。

 今の金融緩和政策は、長く継続できる類のものでは決してありませんからね。
 本日は、非常に有用で興味深いお話をありがとうございました。

 こちらこそ、ありがとうございました。

寺島実郎(てらしま じつろう)

 1947年北海道生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了後、三井物産入社。ワシントン事務所長、三井物産常務執行役員、三井物産戦略研究所会長等を歴任。
 現在、一般財団法人日本総合研究所会長、多摩大学学長を務める。国の審議会等委員も多く務める。著書およびメディア出演も多数。

※次回更新は2018年1月24日(月)の予定です