就任初日に市場に冷や水を浴びせられた
パウエル新議長

 2018年2月5日月曜日、ジェローム・パウエル氏が、アメリカの中央銀行にあたるFRB(連邦準備制度理事会)の新議長に正式に就任しました。そして、その同じ日に起こったのが、 アメリカ・ニューヨーク株式市場でのダウ平均株価の大幅な値下がりという大きな「ショック」でした。
 1500ドル以上という過去最大の値下がりで、その後も米国株は乱高下を繰り返し、日本を含むアジアや欧州などの世界の株価も大きく値を下げました。

 株価のこの大幅な値下がりは、2月2日金曜日にアメリカの長期金利(取引期間が10年の金利など)が急速に上昇したことがきっかけでした。
 その要因の1つが、同日発表されたアメリカの1月分の雇用統計です。特に1月の賃金上昇率が、2.9%という2009年6月以来の高い上昇率になったことが、市場参加者の間で予想外の動きと受け止められました。
 賃金を引き上げれば、企業の中には、その分を自社の販売価格に上乗せするところも出てきます。そうなればインフレが進むだろうという認識が市場参加者の間で高まり、それがアメリカの長期金利の急上昇につながったのです。

正常化の過程で、「ショック」は常に起こり得る

 とはいっても、今回の長期金利の急上昇は、雇用統計だけで突然起きた現象ではありません。その兆しは、徐々に現れていました。
 たとえば、アメリカの物価上昇率が少しずつではありますが上がり気味になってきたことや、昨年末あたりからの原油価格が上昇し始めたこと、世界的な好況が続く中、各国が金融政策の正常化に向かい始めたことなど、長期金利が上がっていく環境はつくられつつあったのです。
 実際、今年に入ってアメリカの長期金利は上がってきており、ちょっとしたきっかけでその上昇ペースが速まるとアメリカの株価が下がり得ることはある程度、予想できていました。

 ただ、それが奇しくも、FRBの新議長が就任したのと同じ日に起こったということは、主要国・地域の中央銀行が進める金融政策の正常化への舵取りが、一筋縄ではいかないことを暗示しているように感じます。

 というのも、「非伝統的」ともいわれる大胆な金融緩和政策から「正常化」へと舵を切るときには、金利の急激な上昇や、株価の大幅な値下がりといった市場の大きな変動が、常に起こり得るからです。

 そもそも、日米欧などの主要国・地域の中央銀行は、国債などの金融資産を市場から大量に買い入れる「量的緩和」を実施することで、長期金利を直接的に下げ、それによる株価や不動産価格の上昇、さらには通貨安といった状況をつくり出してきたのです。
 中央銀行がその政策を巻き戻し、正常化に向かっていけば、当然、金利や通貨も上がりやすくなりますし、その影響を受けて株式市場も不安定になります。今回のような大幅な株価の下落という状況も起こりやすくなるのは仕方がないといえます。

 今回のこの株価の下落を、グリーンスパン氏がFRBの新議長に就任したばかりの1986~87年に、株価が暴落した「ブラックマンデー」になぞらえる見方がありますが、私自身は、その比較はあまり意味がないと思っています。
 なぜなら、アメリカも世界も、現在の中央銀行制度が確立して以降、これほど大胆で、かつ大量にお金をばら撒く金融緩和政策を経験したことがなく、金融政策の正常化を円滑に進めることができるかは、誰にもわからないからです。
 前例がないのですから、過去の事例を見たところで、何も得ることはないと私は考えます。

 前例がないゆえの、正常化の難しさ――。
 そのことは、いずれの中央銀行も当然承知しているはずです。
 そのため、FRBも、ECB(欧州中央銀行)も、日本銀行も、市場へ与えるショックを極力小さく抑えるべく、慎重に正常化を進めていきたいのです。
 ただ、中央銀行の思惑通りには動かないのが市場です。だからこそ、正常化に向かっていく中で、主要国・地域の中央銀行には、いかにうまく正常化への舵取りをしていけるかが、現在、問われています。
 特に、市場の中には、他の投資家に先駆けて投資戦略を大きく切り替えて儲けようとする人たちがいます。少しでも変化を感じさせる経済指標やニュース(今回の場合、アメリカの賃金上昇率のデータ)の発表があれば、こうした市場参加者の思惑で、中央銀行の意図と関係なく相場が動いてしてしまうことは多々あるのです。