日銀がおかした
市場との対話の「3つのミス」

 2018年4月、総裁に再任された黒田東彦氏の下で、日本銀行では新体制がスタートしました。前回第9回で述べた通り、今回の総裁・副総裁の人事を見ると、政府は今後も金融緩和政策を続ける意向なのだということが読み取れます。
 その一方で、日銀の金融緩和政策にもそろそろ限界が来ているのも事実です。
 現在、日銀は異次元緩和政策の一環として、国債やETF(上場投資信託)の大量買入を行っていますが、それぞれの市場においてさまざまなひずみが生じ始めています(第9回参照)。

 そのため、こうした事情を知っている海外の投資家の中には、来年2019年あたりから、日銀は「正常化」に軸足を移すのではと見る人も増えてきているようです。
 物価上昇率2%の目標がいまだ達成できる見込みがないにもかかわらず、こうした見通しが市場で強まっているのには、金融緩和政策の限界が意識され始めただけでなく、実は日銀自身にも原因があります。
 その主な要因として海外の投資家が指摘するのは、日銀、とくに黒田総裁がおかした「3つのミス」です。具体的には、黒田氏のいくつかの発言がきっかけとなり、市場に「日銀の正常化がそう遠くない」という見方が広まるようになってしまったのです。


 その1つは、昨年11月のスイスでの黒田総裁の講演の内容です。
 そこで「金利を下げすぎると銀行収益が悪化し、貸出などができなくなる可能性」について発言。つまり、金利が下がりすぎることの「副作用」をわざわざ強調したのです。
 日銀は、2016年9月にマイナス圏に沈んでいた10年金利を0%に引き上げ、さらにより満期の長い20年や30年といった金利の引き上げも行いました。これはまさにその金融機関に与える打撃という「副作用」を懸念しての措置です。
 そのことを、導入から1年以上たったこのタイミングでわざわざ言及したことが、市場に「正常化を意識しているのではないか」という印象を与えてしまったのです。

 2つ目のミスは、今年1月にスイスで開かれたダボス会議の討論会での発言です。そこで、黒田総裁は、2%の物価安定目標に「ようやく近づいてきた」という発言をしました。
 誰が見ても、現在の日本の物価の基調は強くありません。にもかかわらず、なぜこうした強気の発言をするのか。この発言でも「強気の姿勢を示しておいて市場に『出口』を意識させたいのではないか」といった早期正常化の観測が高まり、その結果、円高が進みました。


 3つ目のミスは、今年3月初めの国会での黒田総裁の再任に関する所信聴取でのことです。そこで、「現時点では、2019年度頃には2%程度に達すると見ている」「金融緩和の出口というものをその頃検討し、議論しているということは間違いない」といった強気の発言をします。
 これを受けて、市場では金融緩和の「出口」が意識され、円高が進みました。

日銀がまず行うべきは、
新体制を安定させること

 このように、黒田総裁の発言で、日銀の「正常化」への意図が見え隠れするたびに、円高が進むなど、市場では動揺が高まります。そして、そのたびに黒田総裁は火消しに走っています。
 こうした一貫性に欠ける黒田総裁の市場との対話を見ていると、日銀自身、金融緩和が限界に来ていることに気づいており、緩和政策を徐々に縮小していくために、少しずつ市場の地ならしをしているのではないかと思えます。
 もちろんすぐに縮小していくのは無理としても、そう遠くない将来、好機が訪れたならばその可能性は決してゼロではないことを、市場に伝え始めている。私にはそう見えます。
 実際、日銀内部においても、正常化に向けていろいろな議論やシミュレーションがなされているのではないでしょうか。
 ただその一方で、海外の投資家の一部からは、リフレ派(積極的な金融緩和によりインフレを誘導するという考え方)の若田部昌澄・新副総裁が、日銀の金融政策決定会合で、「10年金利目標をもっと下げる」「国債買入の量を増やす」「3%のインフレ目標を目指す」といった金融緩和政策の拡大を提案するのではという期待の声が上がっています。若田部氏がこれまでにそういう発言をしてきたことも影響しているのでしょう。
 ただ、そうなれば、ますます「正常化」への移行は遠のいていきます。

 何はともあれ、今年2月にアメリカで株価が大幅下落して以降、日本の市場も不安定な局面に入ってきています。政治においても先行きが少しわかりにくくなってきています。
 だからこそ、新体制スタートにあたって日銀がまず行うべきは、総裁・副総裁の三頭体制を安定させていくことだと思います。