短期集中連載
本物の思考力 著者 出口治明 ライフネット生命会長本物の思考力 著者 出口治明 ライフネット生命会長
第4回
常識を捨て去る方法

哲人経営者・出口治明氏の短期集中連載、
第4回のテーマは「ラディカル思考のススメ」。

噂話や裏付けの取れない言説に惑わされず、
本質を見極めるにはどうすればいいか――。
物事を表層的に捉えるのではなく
根っこから掘り起こして根本的に捉え直せばいい。
それが「ラディカルに考える」ということなのです。

撮影:平山順一

ラディカルと過激は違う

 定年制の廃止など、常識にとらわれずに発信する僕を見て、ある人から「出口さんは、ラディカルに物事を考えられる人ですね」と評されたことがあります。
 ラディカルはもともとラテン語で「根」を意味する「radix」という言葉から派生しているので、「根本的」「根源的」という意味が原義に近い。

 僕の解釈では、常識を捨て去って、物事を原点まで(根っこまで)掘り下げたうえで、本質的な解決を目指してロジックを構築していくこと――それが「ラディカル」だと考えています。

出口治明 ライフネット生命会長

 ただ、メディアやSNSを見ていると、「ラディカル=過激、あるいは刺激的」という意味で使われているケースも多々あると思います。
 2016年6月に舛添要一東京都知事(当時)が辞任を発表した際、あるテレビのコメンテーターが、「多く見積もっても、舛添要一氏は税金を1000万円程度しか不正使用していない。でも、新しい都知事を選ぶには、46億円もの膨大なコストをかけて選挙を実施しなければならない。それこそ税金の無駄遣い。こんなことを続ければ、この国は滅びてしまう」といった内容の発言をして、ネットでも賛否両論が巻き起こりました。
 そうした刺激的な発言に共感した人、感心した人もいるかもしれません。しかし、この発言は、ラディカルとはおよそ対極にある、単なる過激な、思い付きの意見だと思います。
 選挙に多額の税金が投入されるのは、民主主義を正常に機能させるためのコストです。もし「選挙にかかる税金がもったいないから、続投させよう」ということになったら、それこそ民主主義の原点が問われます。都庁で働く15万人を超える職員の士気もガタ落ちでしょう。そちらのほうが、長い目で見ると46億円のコストよりも大損失ではないでしょうか。
  テレビ番組のコメンテーターは目立ったもの勝ちです。おそらく、そのコメンテーターが刺激的な発言をしたのも、「独創的な意見を言えば、注目されるのではないか」とソロバンを弾いたのでしょう。それは、ラディカルでもなんでもなく、ただの過激なアジテーション(煽動)にすぎません。
 どうかみなさんは「ラディカル」をただの「過激さ」と見誤らないようにしてください。

ラディカル思考のススメ

 前職時代に、とても優秀な若手社員がいました。会社も彼には期待していて、会社のお金でアメリカ留学に出しました。ところが帰国直後、彼は「会社を辞めたい」と申し出てきたのです。
 彼は僕を慕ってくれていたので、人事部が「どうか彼を慰留してほしい」と依頼してきました。
 僕が彼に頭を下げて、「頼むから会社に残ってくれ」と情に訴えかければ、考え直してもらえる可能性はゼロではなかったかもしれません。それぐらいの信頼関係を築いてきた自負はありました。
 しかし、それが本当に「正しい選択」なのかどうか疑問に思った僕は、「責任を持って、彼に残留を依頼することができる条件」を考えてみました。すると、条件はふたつしかないことに気がつきました。「僕が彼より長生きすること」と「僕の社長就任が決まっていること」のふたつです。
 つまり、「この会社にいるあいだは、ずっと僕が面倒を見る」と彼に約束するためには、この2条件が必要不可欠なのです。
 しかし、彼のほうがずっと若いのですから、彼が長生きする可能性のほうが高い。そして、当時30代前半の僕が社長になるかどうかなどわかるはずがありません。要するに僕は彼を引き留める基本的な条件を持っていなかったのです。
 人事部には「すみません。引き留めてみたのですが、彼の意志は固かったです」と報告しておきました。
 彼はその後、テレビ業界に転職し、いまは独立して、ドラマや映画の監督、プロデューサーとして大活躍しています。

考える力は訓練しないと身に付かない

判断に迷ったり、結論に困ったりするときほど、物事の根っこを掘り下げて考えてみることが大切です。ラディカルに課題と正面から向き合えば、必ず解決の糸口が見えてくるし、失敗することも少なくなります。

PROFILE

出口治明Haruaki Deguchi
ライフネット生命会長
出口治明

1948年、三重県生まれ。京都大学を卒業後、1972年に日本生命保険相互会社に入社。企画部などで経営企画を担当するとともに、生命保険協会の初代財務企画専門委員長として、金融制度改革・保険業法の改正に従事する。ロンドン現地法人社長などを務めたあと同社を退職。生命保険準備会社社長を経て、2008年にライフネット生命保険株式会社を開業した。『生命保険入門 新版』(岩波書店)、『直球勝負の会社』(ダイヤモンド社)、『全世界史』(新潮社)、『世界史としての日本史』(小学館新書。半藤一利氏との共著)など多数の著書がある。