短期集中連載
本物の思考力 著者 出口治明 ライフネット生命会長本物の思考力 著者 出口治明 ライフネット生命会長
最終回
置かれた場所で咲く必要はない

「石の上にも3年」ということわざがある。
「置かれた場所で咲きなさい」という本が
ベストセラーになったこともあった。
しかし、会社の評価に納得がいかないのであれば、
さっさと移ればいい。
ほかに咲ける場所を見つけられれば、それでいいのです。

「本物の思考力」を身に付ければ、
どんな困難に直面しても、
必ず解決の糸口が探し出せるでしょう。

撮影:平山順一

「社長」はけっして偉くない

 どんなに楽しく仕事をしようと心がけても、納得できないことも多々あるでしょう。「なぜ、自分はこの仕事をやらされているのか」「自分は課長になりたいのに、会社はまったく評価してくれず、望むポストに就けてくれない」など、不満を募らせている人もいます。
 どうしても納得いかないのであれば、その場所にこだわる必要はありません。「この職場は、自分の能力を評価できない人々の集まりだ」と考えて、他の職場を探せばいいのです。置かれた場所で咲くことにこだわる必要は、まったくないと思います。置かれた場所で咲ければそれでいい。でも、頑張っても咲けないのであれば、咲ける場所を探せば、それでいいのです。世界は広いのですから。
 組織における個人の役割(機能)と、個々人の関係性はまったく別のもの。社長は偉い、上司は偉い、だから平社員である自分は彼らより下の存在だ……などと自分を卑下したり、服従したりする必要はどこにもありません。役職は単なる機能です。会社の組織には、役割として社長という機能を果たす人、部長や課長という役割を担う人が必要なので、そういう立場の人が存在するにすぎません。ひとりの人間として見るなら、年齢などの違いはあれ、社長だろうが部長だろうがみんな同じです。
 日本社会の不幸な点は、社長は偉い、部長は偉い、課長は偉い……といった具合に、単なる機能にすぎない組織内でのポストが、社会的評価と同一視されていることだと思います。そうした価値観が根底にあるから組織にしがみつきたくもなる。そして極端な場合には、その組織のなかで認められなければ自分の人生は終わりだ、などという愚かな考えに陥ってしまうのです。
 自分のことを評価してくれない組織であれば、他に自分のことを評価してくれる組織を探せばいい――。そう考えられるようになると、胸のつかえが下りたような解放感があるはずです。もしかしたら、これまでの萎縮していたところがなくなり、ノビノビと業務に取り組めるようになるかもしれません。その結果、上司の評価が変わってくる可能性もあります。本来の実力が発揮されることで評価が上がり、他の組織に移る際に、有利に働くことも考えられます。機能としての社長、部長、課長を利用してやる、くらいのしたたかさを持って、自分の仕事にまっすぐに邁進すればいいのです。

ライフネット生命会長 出口治明

僕はいつも、「会長は単なる機能で、偉くもなんともない。ライフネット生命には会長という役割が必要で、自分はたまたまその役割を担っているだけにすぎない。だから、みんなは会長を適当に使いこなせばいい」と社員に話しています。だからこそ、僕のスケジュールは全社員にオープンにしているのです。

挽回できなくてもいい

 置かれた場所で咲くことにこだわる必要はない、という話に関連しますが、僕は「失敗しても、必ずしも挽回する必要はない」「簡単に挽回できなくて当たり前」だと考えています。なぜなら、人間は失敗する生き物だから。失敗するたびに「挽回しなくては」と考えてばかりいると、やがて失敗することが怖くなり、身動きが取れなくなってしまいます。
 僕自身も、70歳近くになった今日でも日々失敗を繰り返しています。身近なところでは、ランチに入った食堂でA定食を頼んだら、ほかの人が頼んだB定食のほうがおいしそうだったり。人間は常にイエス・ノーゲームを脳内で繰り返しているので、細かな失敗を無数に重ねているのです。
 失敗すること自体には、なんの問題もありません。失敗も勉強になるので、そこから何かを学び取ればいいのです。これを、“喜怒哀楽の総量"という視点で考えてみましょう。
 恋人ができた場合、その喜びは100ポイントのプラスになったとします。でも、不幸にして振られてしまった場合、今度はマイナス100ポイントに相当しそうです。つまり、プラスマイナスゼロ。恋人がいたという事実は、振られてしまったとたん、価値がなくなってしまうのです。
 でも、僕はそうは考えません。その経験を、絶対値で捉えるのです。つまり、恋人ができたのも、振られたのも100ポイント。合計すると経験値が200ポイント上がったと考えるのです。つまり、喜怒哀楽の総量として、人生を捉えるようにしています。
 マイナスだと思われがちな経験も、「経験した」ことに違いはありません。経験しなかった人よりも、確実に知識が増え、物事を判断するときの材料になるでしょう。失敗も成功も、すべての経験から人は学び、賢くなることができるのです。

喜怒哀楽総量計+200point
 

 ライフネット生命も、数々の失敗を繰り返しながらこれまでやってきました。そして、設立後10年経った現在、約140名の社員でトップライン(売上高)100億円にまで達しました。失敗のほうが多ければ、そして失敗から学ぶことができなければ、とっくに潰れてしまっていたことでしょう。
 世の中には、簡単には挽回できないことが数多く存在しています。恋人に振られてしまった事実は、取り返しがつかないと考えるのが普通でしょう。しかし、過ぎてしまったことを悔やんでも、仕方がありません。
 大切なのは、失敗から学び、それを滋養にすることです。「次は同じ失敗をしないようにしよう」と考えられるようになるだけでも、立派な成長です。そうした経験を積み重ねていくことで、「あ、これは失敗しそうだぞ」と事前に察知し、失敗を小さくするための工夫を講じることができるようになります。
 つまりは“失敗が上手になる"ということです。そこまでくれば、挽回できるかどうかなど、考える必要はなくなっていることでしょう。

PROFILE

出口治明Haruaki Deguchi
ライフネット生命会長
出口治明

1948年、三重県生まれ。京都大学を卒業後、1972年に日本生命保険相互会社に入社。企画部などで経営企画を担当するとともに、生命保険協会の初代財務企画専門委員長として、金融制度改革・保険業法の改正に従事する。ロンドン現地法人社長などを務めたあと同社を退職。生命保険準備会社社長を経て、2008年にライフネット生命保険株式会社を開業した。『生命保険入門 新版』(岩波書店)、『直球勝負の会社』(ダイヤモンド社)、『全世界史』(新潮社)、『世界史としての日本史』(小学館新書。半藤一利氏との共著)など多数の著書がある。