短期集中連載
本物の思考力 著者 出口治明 ライフネット生命会長本物の思考力 著者 出口治明 ライフネット生命会長
第1回
日本人の「考える力」は
高い?低い?

「ラディカルに考えよう」
定年がなく、年功序列も排した会社、ライフネット生命。
同社を率いる出口治明会長は、常々そう語っている。
だがそれは「過激さ」を求めているわけではない。
ネットなどに溢れる怪しげな言説に振り回されるのではなく、
物事を根本から捉え直すということだ。
客観的な数字やファクトに基づいて、ロジカルに思考する。
そういう訓練を重ねなければ、「本物の思考力」は身に付かない。

短期集中連載第1回は、
「日本人の思考力」について検証しよう。

撮影:平山順一

人間は不器用な動物

 リテラシーを高めるために不可欠なのは「数字やファクトをベースに自分の頭でしっかりと腹落ちするまで考える」姿勢です。フランスの哲学者・パスカルは遺稿集『パンセ』のなかで、「人間は考える葦(あし)である」と説きました。「人間は、自然のなかでは最も弱い一本の葦と同じような存在である。しかし、考えることができる葦なのだ」といった意味です。
 人間の人間たるゆえんは「考える力」にこそあると、僕も考えます。人間も動物の一種ですが、他の動物と人間の違うところは、考える力を備えているかどうか。つまりは、高度な思考を可能にする優れた脳を持っていることが、人間という動物の特徴だと思います。

 とはいえ、どんなに高性能な脳を備えていたとしても、それを効果的に使いこなして考える力を存分に発揮するためには、やはり地道な訓練が必要です。

 ひとつ、たとえ話をしてみましょう。
 スキーというスポーツがあります。ただでさえ滑りやすい雪の斜面を、滑りやすい形状をした板をはいて滑り降りるスポーツです。板にはさらにワックスを塗って、滑りやすさを向上させています。原理原則でいえば“滑りやすい×滑りやすい×滑りやすい"という状態ですから、スキーはものすごく簡単に雪面を滑ることができるスポーツだということができます。
 ところが実際に滑ってみると、適切な指導を受けて練習しなければ、なかなか上手に滑ることができません。
 水泳やゴルフも然りです。人間には浮力がありますから、大半の人は何もしなくても水に浮きます。水泳はいわば、水に浮かんだところを手足をバタバタさせて前に進むだけのスポーツですから、原理的にはけっして難しいスポーツではありません。ゴルフにしても、地面の上で静止しているボールを棒で叩いて飛ばすだけのことですから、とくに複雑なことは要求されていないのです。
 それなのに、水泳もゴルフも、ある程度の練習をしないとうまくできるようにはならない。原理的には簡単にできるスポーツでも、それを実践するためには、不断の練習が必要となるのです。
 つまり人間は、それほど不器用な動物です。人体のパーツのひとつである脳が、例外的に器用だということはありえません。考える力を高めるには、スキーや水泳、ゴルフなどと同じように練習を重ねることが必要なのです。
 スポーツのコーチは、まず原理原則を教えたうえで、実際にやってみせてくれます。お手本を示したら、続いて生徒にもやらせて、手取り足取り修正を加えながら形にしていきます。そうしたステップを着実に踏みながらでないと、人間は何かを学び取ることができないのです。
 考える力も同じこと。お手本となる思考――優れた脳が展開した深い考え――を真似しながら、別の言葉でいえば、先人の思考のプロセスを追体験して練習を重ねていかなければ、自分独自の考える力を身に付けることはできません。そのためには、有能な先生に師事して教え諭してもらったり、偉大な先人たちが残した書物(古典)に数多く触れて先人の思考のプロセスを丁寧になぞったり、他の人と議論を重ねたりしながら、脳に「考える」という負荷をかけ続けることが必要となります。

大学進学率は先進国最低レベル

 それらを踏まえて、日本人の「考える力」を検討してみると、残念ながら先進国のなかでは、かなり低い水準であると言わざるを得ません。少なくとも、OECD(経済協力開発機構)に加盟している35の先進国のなかでは最低レベルに近いのではないでしょうか。
 OECDのデータによると、2014年の日本の大学進学率は49%です。OECD加盟国の平均値が59%ですから、じつに10ポイントの差があります。他の先進国と比べると、日本は大学に進んで勉強する人が少ない国であるということです。「日本は大学進学率が高い国であり、日本人の知的水準は高い」ということではないのです。

主要40か国の大学進学率

 もうひとつ、僕が「日本人は考える力が弱い」と考える理由を挙げましょう。入学後はそれほど勉強しなくても卒業できてしまう日本の大学のシステムも看過することができない要因です。
 これは全世界で共通することですが、人がなぜ高等教育を受けるかというと、端的には「いい職場に入りたいから」です。パリ大学など欧州の大学の大半は、原則として入学希望者をすべて受け入れるかわりに、きちんと勉強して一定の成績を収めなければ、容赦なく落第させます。勉強しなければ卒業できず、どんどん就職が遅れます。勉強をサボったことが明確ですから、留年を繰り返せば、所定の年次で卒業した人より人材としての評価も下がり、自分の入りたい職場に採用してもらえる可能性も低下します。
 身の丈に合わないハイレベルな大学に進んでも卒業できないので、カリキュラムに付いていけないような人は入学してこない、と見ることもできます。それが海外の大学の基本的な仕組みです。
 加えて、海外では、大学での成績をシビアに見て、採用の可否を判断します。その理由は極めて簡単で、自分が自主的に選んだ大学で慢心することなく勉強に励み、いい成績を残して卒業した人材であれば、希望する職場に入ってからもいいパフォーマンスを残す蓋然性が高いと判断するからです。大学での成績を見れば、その人材のポテンシャルがわかる、というシンプルな考え方です。
 ところが日本では、まだ専門課程も終わっていない3年次から就職活動が始まり、企業は大学での成績をほとんど考慮しません。面接を重視するといえば聞こえはいいのですが、「クラブ活動、サークル活動は何をしていましたか?」とか「アルバイトの経験から学んだことはなんですか?」などを就活生に尋ねて、「協調性」や「コミュニケーション能力」という曖昧なポイントで採用を判断することが少なくありません。
 学生もそれがわかっていますから、小手先の面接対策に取り組むことはあっても、大学で必死に勉強しようという発想には、なかなかなりません。勉強しなければ脳は鍛えられませんから、日本人の「考える力」はいつまで経っても向上しないのです。
 とてもおもしろいデータがあります。新聞・雑誌に対する信頼度が、わが国では約70%と、先進国のなかでは突出して高いのです。これに対して、英国や米国では20%前後にすぎません。英米では、自分の頭で考え腹落ちしたことと、マスメディアの記事が異なっていたら、その記事は端から信じないということなのでしょう。
 一方、わが国では、著名な大学の教授などといった肩書きを見て、その記事を信じてしまう人が多いということです。世界ではごく当たり前の「自分の頭で考え、自分の言葉で自分の意見を述べる」ことが、日本人はいかに苦手なのかと、つくづく考えさせられてしまいます。

PROFILE

出口治明Haruaki Deguchi
ライフネット生命会長
出口治明

1948年、三重県生まれ。京都大学を卒業後、1972年に日本生命保険相互会社に入社。企画部などで経営企画を担当するとともに、生命保険協会の初代財務企画専門委員長として、金融制度改革・保険業法の改正に従事する。ロンドン現地法人社長などを務めたあと同社を退職。生命保険準備会社社長を経て、2008年にライフネット生命保険株式会社を開業した。『生命保険入門 新版』(岩波書店)、『直球勝負の会社』(ダイヤモンド社)、『全世界史』(新潮社)、『世界史としての日本史』(小学館新書。半藤一利氏との共著)など多数の著書がある。