吉良さんの日常茶飯ばなし【やきものエッセイ(連載)】 − 小学館ブックピープル −
日常茶飯ばなし 51

茶碗と日本人(44)

2011年8月31日

観者の表現主義 3

 「表現主義」ということばがある。

 西洋近代芸術のひとつの潮流を示す用語である。主として20世紀初頭のドイツ語圏に始まる美術、文学、音楽など、いろいろな分野にまたがった傾向を表わしていて、絵画では強烈な原色、デフォルメされた形や激しい筆触などを特徴とする。このような表現は、19世紀以前の多くの西洋絵画(絵画だけではないが)が追求してきた対象をできるだけ客観的に写実的に表現しようとする傾向に反旗を翻すものにほかならない。表現されるのは、画題としてみえる対象そのものというよりは、画家の内面であって、それが非現実的な色、形、筆のタッチを通じて描き出される。たとえば風景画であっても、観る人は風景画が現実の風景と似ているかどうかをかならずしも問題にし、鑑賞しているのではない。風景を借りて表現された画家の心象を絵のなかに観るのである。

 私が桃山時代の陶芸をみて、しばしば感じるのは、表現主義芸術に接するのに近い感覚、ココシュカ(1886〜1980)やブラマンク(1876〜1958)の絵をみているのとよく似た感覚である。しかし、ココシュカやブラマンクの場合は、絵のまんなかに画家自身がいて、観る人の多くは、個々の絵を通して画家その人に会っているといってもいい。桃山の陶器を覗きこんでも、多くの場合、作り手個人の顔はなかなか見えてこない。

 たとえば志野。

 白、ないしごく淡い紅色や黄褐色の、どちらかといえばおとなしい地肌のやきものであるが、形にはしばしば変形が加えられ、歪みくねった姿になる。絵志野の場合は、そこに鬼板という酸化鉄を主成分とする色料による絵付けがなされる。ココシュカやブラマンクのような激しい色使いはみられないが、よくみると、志野のなかには鉄色をはじけさせたような激しいタッチを感じさせるものがある。もちろん形を歪めたり、酸化鉄を強く打つのは陶工の手である。それは近代の画家の営みと選ぶところはない。加藤唐九郎さんや荒川豊蔵さんの志野であれば、そこに作家の手のみならず心を読みとって一向に不思議はない。それが近現代芸術の観方であるともいえよう。

 古作だって同じことではないか? 個々の陶工の名前や顔を思い浮かべることができないだけで、作陶という営為に差はないはずだ。しかし、そこが少し違うような気がするのである。どう違うか?

 志野や織部は、作者の個性を訴えるという意図で作られたものではない。あくまで結果として、生産品に個体性が表現されたのである。前回触れたように、そこには需要者がそういうモノを求めたという背景があった。茶陶を購入する茶人たちが、モノに個体性を要求したのであって、個性的な独立人としての作者を必要としたわけではなかった。このことは、志野や織部が生産される前の、唐物がすたれ、高麗茶碗などを賞玩するに至る流れを考えてみると理解されるはずである。

 個々の井戸茶碗に備わる個性は、けっして陶工の意図に出るものではなかった。たまたまさまざまな梅華皮ができ、焼き上がりの差が生じた。そこに注意を向け、その個別性に着目したのが日本の茶人である。言いかえれば、需要者が個別性を発見したのである。個別性は使い手=需要者が必要としたものであった。

 使い手=需要者はまた鑑賞者でもある。彼らの選択圧を私は仮に「観者の表現主義」と呼んでいる。仮に、というのはわれながらあまりうまい表現とも思われないからであるが、とりあえずこのことばを使います。

 茶陶はしばしば伝世が大事にされる。それは先人、師匠の事績を重んじる態度の表われであるが、同時に選択者の重要性を意味している。茶杓などは作者が問題にされるが、やきものや釜など、装置・設備の必要な専門領域ではしばしば「利休さんが選んだ」「織部好みである」ということが重視され、選ばれ、好まれたモノ自体の価値づけにしばしば先行する。選択者すなわち使い手であり、需要者である。「だれがどこで作った」よりも「だれがどう選んだ」が優先する世界である。

 需要者は需要者自身の表現として器物を選択しようとした。そのためのもっとも確実な方法は自分で作るか、直接発注するかである。利休は自ら竹を切り、竹製品を作った。茶碗に関しては在来のもので満足せず、長次郎に茶碗作りを託した。利休のように身近に便宜をもたない場合でも、選択したモノを使用することを通じて自己を表現しようとする、それが私のいう「観者の表現主義」にほかなりません。