吉良さんの日常茶飯ばなし【やきものエッセイ(連載)】 − 小学館ブックピープル −
日常茶飯ばなし 54

茶碗と日本人(47)

2011年10月17日

観者の表現主義 6

 清少納言の「また(全)から」ざる「さびしげなる」ものに「あはれ」を認める美意識は、和歌の「寂び」のなかで長く命脈を保ち、兼好法師へ、また珠光・紹鴎・利休へと通じて「侘び」の意識へ結びつき、さらには芭焦の「枯れ」にも連なっていく感覚だろう。それぞれが重なりつつ差異も含んだ多面性をもつことばである。文学史には疎いので、これ以上の深入りはしないが、「侘び」が「寂び」や「枯れ」とともに、美意識の属性として、日本人の心性に深く根ざすものであることは間違いない。

 一方で、「侘び」が語義としては、茶の湯の世界で、一物ももたないような貧しい状態を指すことばであったことは『山上宗二記』の記述でも明らかである。普通の言語感覚では、むしろマイナスイメージのことばである。それが、ひとつの主張として積極的な役割を担うためには、強い感情移入が必要となる。強い感情を対象に対して抱くためには、対象が唯一ないしそれに近いものとして認識されなければならない。その認識を支えるものが、とりあえず「観者の表現主義」と名づけた鑑賞のありかたにほかならない。

 手近な比喩として、恋愛感情を想起すれば、わかりやすいかもしれない。相手が唯一の存在と思えるからこそ恋愛が成り立つ。浮気性の人間でも、ほんとうに感情移入ができるのはいちどきにせいぜい数人が限界ではなかろうか。私は浮気性とはほど遠いので、よくわかりませんが。

 第46回に取り上げた「顔回」というヒョウタンの下半分を使った瓢花入(東京・永青文庫蔵)のことを思い出していただきたい。巡礼が腰にぶら下げていたものを利休さんがもらい受けて花入にしたものだという。

 ヒョウタンは、今でこそ実用に使われているのをあまり見ないが、老生の子どものころには、使わないまでも身近によくころがっていた。古い家にいけば、ひとつやふたつの古びたヒョウタン容器はたいてい残っていたものだ。利休さんの時代には、もっともありふれた容器の一種であったに違いない。信楽焼のタヌキも紐のついた瓢箪を持っているのが多いが、利休さんが出あった巡礼も水筒として腰につけていたのだろう。

 韓国に行くと、パガヂというヒョウタンを横割りに半分にして柄杓がわりにする道具がある。大小さまざまで、甕から水を汲んだり、酒を注いだりする万能型容器である。最近は韓国でもプラスチックで作った同形のものが出回っていて、本もの(?)のパガヂは土産物屋の店先に積まれていることが多くなったが、見るだけで心なごむものがある。新羅の硬質陶器でもこの形が写されているから、朝鮮半島の生活のなかで長く使われてきたものであることは間違いない。プラスチックで作るなら、別の形でもいいようなものだが、パガヂの形をわざわざ模倣するのは、伝統というものである。丸みを帯びた愛敬のある形と柔らかな質感は私も好きだ。

 利休さんがなぜこの瓢に眼をとめたのか? これはもう、あの世に行って直接訊かなければわからないことである。しかし、この花入、前にも書いたが見るからにいいですね。ご面倒ですが、第46回に帰って写真をあらためて見てみてください。

 左右やや不均等な曲線をなした袋状で、片側の上部が少し反ったところで上を切り離している。巡礼が持っていたときの全形ではたぶん少し上半分が傾いていたのだろう。表面はつややかに赤みを帯びて光っている。利休さんが手に入れたとき、どんな色つやであったかはわからないが、巡礼がある程度の年月身近に使っていて、すでに熟した肌あいだったのではないだろうか。型で成形したプラスチック容器などとは違い、表面の細かな凹凸が自然の息吹を伝えている。やきものでいえば、やはり手捏ねの楽焼に通じるところがある。どこにでもあるようでいながら、かつて生き物であっただけに、それは唯一のものであり、上半を切られたことでさらに個体としての存在を強く主張しているように思える。

 右の観察は、利休道具だと知ったうえでのお前の後付け解釈だろう、といわれればそれまでですが、ついつい感情移入をしたくなる一品ではあります。

 「キサス、キサス、キサス」というキューバ製のボレロの流行ったことがある。トリオ・ロス・パンチョスやナット・キング・コールが歌っていた、といえばずいぶん昔の話であるが、キサスとは「たぶん」とか「おそらく」という意味だと知った。この歌では恋人の煮え切らない態度をこのことばで表している。今回は、老生ごときが利休さんの心事を推し量るという大それたことをいたしましたが、顔回の侘び道具としての存在意義を私なりに解釈しつつ鑑賞したもので、合っていますかどうか。キサス、キサス、キサス?