観者の表現主義 7

 これまで「茶碗と日本人」として縷々述べてきたが、拙論は、なぜ日本の茶道具のなかにしばしば一見粗末ともキズものともいえるような器物があって高い評価が与えられているのか、という素朴な疑問から出発したものだった。それはまた、日本の茶の湯の世界で珍重されてきた井戸茶碗が、生産地である韓国において「マク・サバル」という粗製の鉢を意味することばで表現される事実に触発された問題意識でもあったし、姜・が桃山時代の茶人の意識と行動に抱いた違和感によってさらに関心をかき立てられたものでもあった。そして、日本の茶道具の選好には、遅くとも平安時代には発現していた美意識に根ざす日本的伝統ともいえる感性が働いているだろう、というのがひとまずの結論であった。

 しかし清少納言のように、きれいに整理された庭よりも少し荒れた庭のほうがいいとする感性を「日本的」といってしまっていいのだろうか? 伝統とか民族性とかいうことばは、なかなか簡単に規定できるものではない。この論が高麗茶碗に関わるものなので、朝鮮半島との比較をここでもちょっとやっておきたい。

 韓国でたとえば、庭の観方として冬枯れの蕭条たる風情を楽しむということがある。ソウルの秘苑という朝鮮王朝の宮廷庭園を冬に訪れると、その感覚がわかるはずである。一九七〇年代から八〇年代にかけて韓国国立中央博物館の館長をされていた崔淳雨さんから教わったことであるが、北面して窓外の冬の庭をみるのは朝鮮王朝の文人の好むところであったという。寒い冬に、オンドル部屋でゆっくりと独酌しつつ枯れた庭をみ、気至れば筆を執る、などというのはたしかに美的生活であるに違いない。

 余談になるが、崔先生は名筆のうえ、お酒もおおいにたしなまれ、朝鮮王朝の文人の風格もかくやというような方でありました。ちなみに黄寿永、秦弘燮の両先生とともに韓国の美術史界で「開城の三傑」と呼ばれる。開城は高麗時代の都のあったところで、伝統文化の地である。

 さて、こういう韓国の冬景色の鑑賞は、『新古今和歌集』の、いわゆる「三夕の和歌」に通じるところがあるかもしれない。

寂しさはその色としもなかりけり槙立つ山の秋の夕暮(寂蓮法師)
心なき身にもあはれは知られけり鴫立つ沢の秋の夕暮(西行法師)
見わたせば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮(藤原定家朝臣)

 最後の藤原定家の歌は、「侘び」「寂び」論でよく引かれる。入江になった水辺の粗末な小屋がけの家の、おそらくは晩秋の情景であるが、叙景というよりは心情の吐露である。寂蓮の歌の「さびしさ」、西行のそれの「あはれ」のような直接的な表現を使わないのが詠み手の技巧であろうが、いわんとするところは同じである。

 朝鮮王朝と平安朝、冬と秋の違いはあるが、似たような風景鑑賞である。しかし、少しこじつけめくが、朝鮮王朝の文人と三夕の歌人との間には、季節にとどまらないかなり大きな差があることもわかる。おのずと水墨画に近い風景をなす朝鮮半島の冬に対する好みと、本来色づいていることが期待される秋に薄墨色の風景を見るのとでは違う。強引に我田引水すれば、高麗茶碗は朝鮮半島で自ずから生じたものであるのに対して、日本の侘茶の先達は身近にある艶やかな唐物を退けてマク・サバルを選んだ、という違いに対応するように思える。日本の場合は、歌にせよ茶道具にせよ、対象への思いの入れ込みが顕著である。

 韓国語に「自然スロプタ」ということばがある。「自然だ」という意味だが、日本語で「自然だ」という以上に肯定的なニュアンスがあるように思う。韓国の知人と展覧会などをみていると、「自然スロプタでいい」などとつぶやいていて、美的鑑賞でひとつのポイントをなしている語のように感じることがある。高麗茶碗はもとより人工の所産であり、「マク(粗相)」であるが、自然スロプタのよさをもっているものが多い。一方、桃山時代以来の日本製茶具は、あくまで意図的な「作為」を通じて人の心情に迫ろうとしてきたようにみえ、自然スロプタとはいいがたい。唐津や志野、織部にみられる歪みはその端的な表現である。同じように茶人の心を反映してきた器物であるが、小生としては日本産のほうに、より「表現主義的」な背景を感じるのです。

【参考文献】
『新古今和歌集』(峯村文人校注・訳『新編日本古典文学全集43』)小学館、1995