韓国旅行をされた方は経験がおありだろう。食堂や個人のお宅での食膳には金属製のハシとスプーンのつくのが普通である。それも食事をする人からみて右側に縦に揃えて置く。

 もう40年ほど前のことになるが、私が初めて韓国に行ったとき、この金属製の食具セットにちょっとしたカルチャー・ショックのようなものを感じた。ハシが日本で日常使っている木製に比べて重く、すべりやすい。手からすべり落ちそうになるだけではなく、対象によってはつかみにくくもある。麺類などを食べようとすると、日本の割りばしのほうが具合がいいではないかと思ってしまう。

 さらに、汁物を飲むときは、碗鉢を手に持ってはいけないと教わった。それでも、うっかりお里が出て、手前の個人用汁椀などはついつい手にとってしまう。しかしたいていは金物なので歯に金気を感じて食感がよろしくない。なるほど、スプーンは食卓に必須である。

 前にもふれたが、日本の家庭では、汁椀を手にとって中身を飲む。韓国ではスプーンで汁をすくって口元に運ぶ。各国、各地域の食事の仕方の差に、いいの悪いのということは意味がないが、住むところが違えばおのずと考えは異なる。韓国では総じて、食器からじかに摂取することを犬の食べ方と言って嫌う。この言い方はなんとなく儒教的なにおいがしないでもないが、歴史的には儒教文化が社会的に規範化する朝鮮王朝成立(1392年)のはるか以前にさかのぼる食事習慣であろうと思われる。ひとつには、複数の人びとが集う食膳では、やや大型の鉢や鍋に入っている汁物は共有で、この場合、各自がスプーンを持つ手を延ばして摂取するという共食の食習慣とも関係があるのだろう。

 朝鮮半島の古代以前の遺跡について詳しくなく、食具の歴史についても疎いが、遅くとも統一新羅時代(7〜10世紀)には金属製のハシとスプーンという食具のセットが韓国では成立していたことが、新羅の都であった慶州の遺跡出土品から明らかである。

 このような組み合わせは、高麗時代(10〜14世紀)では王族の墳墓でも、また小型の石廓墓や土壙墓でも出土している。さらに高麗時代の沈没船からも、乗組員が使ったのではないかと思われる金属製のスプーンが引き揚げられている。事情は朝鮮王朝の墓地遺跡でも同様である。現在の韓国の食具が、そしておそらくは食事の方法が長い伝統を引くものであることが窺われる。

 一方わが日本では、幼児はともかく、口と食物をつなぐのが一般的にはハシである。食卓にはハシが孤独に横たわっている、というのがわれわれの食卓風景である。鍋ものやカレー、洋食以外ではスプーンを使わない。ずっとそうなのだろうか?

 縄文時代の石器の中にも匙状のものがある。石匙という名で分類されているが、これが食事の道具として特化したスプーンだったかどうかには疑問もある。堅果の中身をえぐったり、貝の身だの獣肉の一部をこそぎ落して食べたりの用途をもっていたとしたら食具として考えていいが、植物の根の部分を掘り起こしたりするのにも使うマルチな用途があったのではなかろうか。

 むしろ、貝殻はそのままスプーンの役割に転用できる。沖縄の遺跡からは貝殻を見事に加工した紀元前後のスプーンの出土例がある。貝殻を食具に使うのは、さらに古くさかのぼる人類の道具使用のひとつに違いない。
『和名類聚抄』という平安時代の辞書には、「匙」の項に「かひ」ともいうとある。匙として貝殻を利用した名残だろうと思われる。長野県などでは一部に「かい」というと柄杓を意味するところがあると聞く。これもおそらく同根のことばで、匙と柄杓とは通常大小の差があるが、形体的には厳密に分けられない。「匙」という字自体、「匕」と同じで、「匕」は飯匙だと辞書にはあるから、今の日本でいえば、しゃもじ(「杓文字」で杓のこと)と同じことである。「是」がつく匙の字は長い足のついた形を意味するのだそうだ。

 日本の正倉院にも新羅のものとよく似たスプーンがあり、新羅製の可能性があるが、8世紀の段階で、朝鮮半島と日本で共通する匙形のあったことはわかる。ただ、こういう日常の道具の解釈はむずかしい。階層の問題がかならずつきまとう。正倉院御物は、いうまでもなく天皇家という最上に位置する社会階層の道具類を収蔵する。どこまでこういう金属食具が普及していたかは、なかなかむずかしい問題である。というところで以下次号とさせていただきます。