「サジ」という名称については、「茶匙」だとする説がある。しかし、第二次世界大戦前に朝鮮半島で林業指導に従事しつつ、かの地の陶磁器や木器などを研究した浅川巧(コラム「勝手におすすめ展覧会」15回参照)によると、朝鮮ではやきもののチリレンゲを沙匙sasiと呼ぶことに注意を喚起している。『朝鮮の料理書』という名著のある鄭大聲さんは、スプーンの類を古くは「砂匙」と呼び、李朝(朝鮮王朝)の宮廷料理にはその名が残っている、と述べている。沙と砂は同じで、この語からふつうは陶磁器を連想するが、これは砂張または沙張とも書く「サハリ」という銅の合金のことかもしれない。沙波里とも書き、響銅ともいう。銅に鉛・錫を混ぜたもので、金属にしては少し軟らかく、轆轤で整形することができ、アジアでは古くから各地で作られている。鄭さんの説明は、浅川さんの論も引用しつつ、直接的に断言しているわけではないが、サジは「サハリの匙」である可能性を示唆されているようにも読める。前回触れたとおり、正倉院伝来の匙は新羅製である可能性が高く、このあたりのことは、なお研究してみる必要があるだろう。

 少し話が逸れるが、どんぶり鉢のようなやや大型の碗形品を朝鮮半島では「サバル」という。漢字では沙鉢と書いて、この沙はやきものを意味する沙器の沙だと考えられ、鄭さんもそう解しておられる。

 皿を「さら」というのもサハリに由来することばだということをだれかが述べていたかと思う。古くは皿に鈔鑼または沙鑼の字をあてる用例があったというおぼろげな記憶があり、金属器との関連を考えなければならないが、今、定かではない。近ごろ記憶に頼って失敗することが多いので、皿については別途、サラに調べたうえで書きたい。

 前回、日本と朝鮮半島では食卓に置くハシの向きが違うことも述べた。中国ではふつう、朝鮮半島と同様に、食事をする人からみて縦方向に置く。ハシというもの自体、日本へも朝鮮半島へも中国から伝わってきたと思われるから、縦に置くのが元来の方法で、中国や朝鮮半島は古式を守っているのに対し、日本ではいつしか横向きに変わってしまったのだ、と単純に考えていた。

 朝鮮半島においては、飯椀として金物を使うことが多く、食堂に行って「コンギ・バップ下さい」というと、蓋付きの金属器につめたご飯が出てくる。コンギは空器と書いて、「カラの器」という意味もあるが、飯茶碗を指す。バップはビビンバップ(混ぜご飯)の後半と同じで、ご飯のことである。この金属製コンギは遅くとも新羅代には始まり近代に及ぶ各代の遺跡で見られる金属製の椀(鋺)の伝統がなお続いているようで、韓国ではハシ・サジのセットとともに、歴史のなかで時間が流れていることを実感しながら食事をする趣である。本家である中国では当然、唐代あたりから連綿とハシの縦置きが継続して今日に至ったのだと思い込んでいた。

 しかし、なにごとも先入観を取り払って調べてみるものだ。先年、張競さんの『中華料理の文化史』を読んでいて、そのことを痛感させられた。

 張さんは上海生まれの中国人である。日本に来られて、なぜ日本ではハシを横向きに置くのか、ということに疑問をもった。ここまでは異文化に接した人が脳裏に浮かべる初歩的なクエスチョン・マークであるが、張さんの思考はその先に向かう。ご自分の経験から推して、テーブル・マナーは移入先の原型をかなり忠実になぞるのではないか、そうとすればひょっとして古代中国ではハシは横向きに置いたのではないか、これが張さんの発想である。それから資料・史料の博捜が始まる。文献資料ではなにもわからない。ところが、1987年に発掘された唐代中期の壁画墓に描かれた宴会図では、ハシは横向きに置かれていたのである。敦煌の壁画にも同じく横向きに置かれたハシとチリレンゲが描かれた例があるのだそうだ。

 考証の細部は右の本を読んでください。「孔子の食卓」だの「ラーメンの年輪」だのと刺激的なタイトルが並び、読みやすくて中身の濃い、おもしろい本です。読む人ごとに「眼からウロコ」的発見があるでしょう。小生にとっては唐代のハシの置き方がそれでした。というところで一気に結論に飛ぶと、中国では宋代からハシを縦置きするようになり、遅くとも元代にはそれが定着していたらしい。

 なぜそうなったのか?

 10世紀、唐の後、宋の前に五代十国と呼ばれる北方騎馬民族の国ぐにの継起した時代がある。彼らは肉を主食とし、ナイフが食卓でも主要な食具だった。ナイフは刃が手許だと、うっかり怪我をする危険がある。西洋料理におけるナイフ&フォークと同様に、切っ先が使い手から遠くなるよう縦置きをする風習がある。この北方的習慣が中国へ南下した結果、今見る縦置きに一般化したのだ、というのが張さんの説である。なるほど!

【参考文献】
淺川巧『朝鮮陶磁名考』昭和6年(1931)
鄭大聲『食文化の中の日本と朝鮮』講談社現代新書、1998
張競『中華料理の文化史』ちくま新書、1997