張競さんの『中華料理の文化史』によると、現代中国ではハシでご飯もおかずも食べるのが一般的だという。日本と、その点ではよく似ている。そして「朝鮮半島ではいまでもスプーンで飯を食べるが、もしかすると、古代の名残かもしれない」と、推定されている。

 もっとも近ごろ(でもないか?)の洋食系の店では米飯のことをライスと称している。

「パンにしますか、ライスにしますか?」
と訊かれて、
「ご飯」
と答えると、
「ライスですね」
と念を押される。
「ご飯を頼みたい」
とこちらもいう。

 われながら嫌みな老人ではあります。

 たしかにメニューには「パンまたはライス」と書いてある。そのライスなるものは、飯茶碗ではなくて皿に載せられて出てくる。「ドンブリを含む碗形品に容れたところの炊飯した米」をメシないしご飯といい、「皿に盛った同様のもの」をライスとするのが定義のようだ、というのがわが帰納的推論である。ライスの場合は、割り箸を特に頼まないと、フォークとナイフを操って食べることになる。結構技術がいるから、スプーンがあれば、韓国式(?)にそれですませる。

 韓国ではあまり洋食を食べた経験がないから事情はわからないが、ライスにスプーンが添えてあれば、まったく違和感なく米飯が食べられるであろう。

 金栄勲さんという韓国の学者によると、韓国でも昔から金属製のハシが一般的だったわけではなく、大部分の平民たちは木製のハシを使っていたという。たしかに金属は長らく貴重な素材であったから、これはそのとおりに違いない。むしろ、金物のハシが一般化するのは、「資源の浪費と環境汚染の問題で」木のハシなど使いきりで捨てる道具を1990年代から規制した結果だ、というのが金さんの説くところである。しかし、金属製ハシの伝統が途絶えることなく続いていたからこそ、政府の規制が素早く浸透したという面があったともいえるのではなかろうか。

 また、「韓国のスプーンはご飯と汁物を食べるときに使われる」のに対して、ハシは「主におかずを食べるときだけ使われる」と金さんは書いておられる。これも現在の韓国でみていると、ハシでご飯を食べている人もいて、食事のマナーは文化伝統に負うところ大だが、時とともに当然変化するし、現代社会では個人差もまたある、ということかもしれない。タイでは、食事によくスプーンとフォークがつく。肉や魚はフォークで押さえてスプーンのエッジを使って切る。今やこういう食べ方もタイの伝統に組み込まれつつあるようだが、そう古いことではないだろう。西洋文化との接触によると思われるが、調べたことはない。

 日本、中国、韓国で、食卓におけるハシの置き方、使い方には多少の違いがあるが、たぶんベトナムなども含めて、東アジアと東南アジアの一部では、「ハシ文化圏」とでもいうべき世界が存在してきたし、現にある。この地域では、陸路、海路で人びとが行きかう。とくに海を往来する船では、現在でもそうだが、しばしば多民族・多国籍的空間ができあがる。しかも遠距離航海の場合、船のなかである程度の期間、共同生活を送ることになる。食材、料理、食具などを共有ないし交流する機会の多い空間だったことが想定される。そういう状況を具体的に垣間見せてくれるのが沈没船である。

 1323年ごろ、中国の寧波(浙江省)を出た商船が日本に向かう途中、嵐に遭遇したためか、韓国全羅南道新安沖に流されて沈没した。1976年に海中で発掘調査が実施され、その前後の申告品などを含めると、2万点以上の陶磁器をはじめ、数多くの遺物が発見されて、世界的なニュースとなった。これがその後「新安船」として知られるようになった船で、船体構造もかなりの部分が引揚げられ、現在、全羅南道木浦市にある韓国国立海洋遺物研究所付属の展示館に、積載されていた遺物の一部とともに展示されている。

 年代をほぼ特定できるのは、「至治三年」(1323)という元の年号を用いた木札が見つかっているからだ。日本向けの船だと考えられるのは、「東福寺」その他、日本の寺院名を書いた木札があり、積荷も日本に伝世したり、日本の遺跡で出土したりするものと一致する部分が多いためである。異論もないわけではないが、まずは日本に向けて中国を出航した商船と考えていいだろう。この船の遺物からは14世紀はじめごろの交易だけではなく、乗り組んだ人びとのバックグラウンドが少しみえてくる。

 次回は、新安船の遺物を紹介しながら、それらからなにが考えられるのかを述べてみたいと思います。

【参考文献】
張競『中華料理の文化史』ちくま新書、1997
金栄勲(金順姫訳)『韓国人の作法』集英社新書、2010