新安船の積荷は主として中国の産品、もしくは中国で調達した商品であったらしい。「らしい」と曖昧な表現をするのは、船が650年余も海中にあった間に流失したものが多かったはずで、全貌を知ることができないからだ。また、「中国で調達した」と書くのは、香木や香辛料など、東南アジアに由来するかと思われる物品が引揚げられているためである。高麗や日本のものも発見されたが、その性格については少し検討を要する。まず、そのことに触れておこう。

 高麗の製品として明らかなものに7点の青磁がある。これらに関しては、船が中国を出発した後、朝鮮半島の港に立ち寄って積み込んだのではないかという説が一部で行なわれた。しかし、20661点を数える引揚げ陶磁器のなかでは0・03%を占めるに過ぎず、その他の品目でも高麗ものの存在は希薄である。これらは中国で積み込まれた可能性が高いと考えている。

 宋代から元代にかけて、高麗青磁はかなり中国に運ばれていた形跡がある。出航地寧波や、同じ浙江省の杭州でも高麗青磁が発掘されている。おそらく、陶磁器が積み込まれるなかに、ある程度の数の高麗青磁も含まれていたのであろう。銅製の匙、鏡も少量だが引揚げられていて、こちらは乗組員の持ち物だったと考えられるから、高麗青磁もその可能性がなくはないが、商品だったのではなかろうか。

 日本で発見される高麗青磁の搬入経路のひとつを示唆している可能性がある。

 日本の産品としては瀬戸製の瓶子が2本見つかったほか、刀の鍔、青銅鏡、漆器、下駄などがある。将棋の駒も出ていて、それぞれ王将、金将、桂馬、香車、歩兵などと墨書され、形も今のものと大差ない。これらは商品ではなく、乗り組んだ日本人が使っていたものと推定される。将棋の駒は、薄い板でできていて、あまり上等ではなく、航海のつれづれに手作りして遊んだ遊具ではなかろうか。買付けの商人、船員など、ある程度の数の日本人が船中にいたことは間違いない。

 一方、中国製品のなかにも商品ではなかったと考えられるものがある。多くは金属製の厨房道具で、手鍋、鉢、じょうご、フライパン、油切りかと思われる孔のたくさん開いた手鍋など、今でもじゅうぶん使えそうだ。これでみると、油を使った炒め物や揚げ物も供されたようで、船内の食事は案外に贅沢な面があったのかもしれない。高級船員や富裕な商人が乗り組んでいただろうから、これは当然ですかね?

 右の品々から、14世紀ごろの東アジアで活動した国際貿易船の一端がみえてくるだろう。

 この船は、船体構造から中国船であることが確実で、中国から出港したものでもあるから、乗組員の主体は中国人だったに違いないが、そこにたぶん物品の購入者や船員としての日本人が乗り、さらに高麗人もいた可能性がある。彼らの一部は船員であったかもしれないし、通訳として乗り組んでいたかもしれない。

 かなり時代が遡るが、9世紀の中ごろ、慈覚大師円仁さんが入唐したとき、新羅人が通訳をしたことがその旅行記に出てくる。東アジアの海で、朝鮮半島の人たちが、少なくとも三か国語をあやつって活躍するのは古代以来しばしばあったことだろうと思う。

 かつて中国福建省で通訳を手配してもらったことがある。そのとき現れたのは中国籍の朝鮮族男性だった。朝鮮語と中国語とのバイリンガルとして育った彼は、文法的に朝鮮語と共通性が強く、漢字を多用するということで、日本語を習得するのは比較的楽だった、と語っていた。

 十数年前のことだが、北京で独りウロウロしていたとき、北京飯店と貴賓楼飯店とをつなぐ地下商店街で何度かみやげ物を買って、店の女性店員と顔なじみになったことがある。その人も吉林省から来た朝鮮族だった。小生のまったくの片言か筆談による中国語よりは話が早いだろう、ということでコリアン・ランゲッジによる対話をしたのだが、先方のいうことがなかなか聞き取れない。たぶん訛りがあるのだと解釈して、こちらは何度も確認しながら会話を進める。先方も当方のことばをたびたび聞き返す。

「あなたの発音は悪いねえ」

 これが別れ際の彼女のセリフで、その意味だけは一度でよくわかった。小生は古い世代の日本人の典型で、外国語は机上の勉強、畳の上の水練に近い。その点、知り合いの韓国人や在日コリアンは、外国語会話に強いという印象がある。

 立ち飲みの店でおでんをつつきながら、ある在日の女性がいう。

「北京あたりにいると、中国語、英語、韓国語、日本語が飛び交ってますよ。そんな時代になったのですね」

 彼女はこれらの4か国語ができる。最近、日本語すら怪しい老生としては「う〜ん!」というほかない。古代・中世の東アジア世界でも、多言語に堪能な新羅人や高麗人が活躍していたに違いない。英語はできなかったでしょうけれど。

【参考文献】
『新安船 The Ship Wreck』文化財庁・国立海洋遺物展示館、2006
円仁(足立喜六訳注・塩入良道補注)『入唐求法巡礼行記 1・2』平凡社(東洋文庫)、1970、1985