事故報道などによると、現在の海運業界では船主や乗組員の国籍と船籍地が違うことはしばしばある。乗組員の国籍・民族的出自が単一でないことも少なくない。パナマ船籍のナントカ丸に日本人船長が乗り、船員にはフィリピン人とインドネシア人がいる、といった状態である。これは多分に「資本、賃金ならびに租税の一般理論」ともいうべきことの結果であるが、一部には国際流通に係る海運の、ほとんど歴史的に一貫した性格にもよるであろう。今も昔も、海の上は国家、国籍と人との関係が陸上よりは相対的に希薄な世界である。

 例によって余談になるが、国、国家、民族などという概念ははなはだ曖昧なものである。江戸時代でも幕末までは「国」というとき、だいたい藩を指していたのが、黒船到来という事態になって、慌ただしく人びとの頭のなかに「日本国」という観念が再構築され、明治以降に強化されていった。国とは、「外」が意識されたときに触発される「内」概念のひとつで、日本列島の歴史では外なる中国大陸や朝鮮半島がずっと関係していたから、当然、古代国家が成立したときからヤマトとか日本とかいう観念はあったようだが、それはもちろん近代の国境を線引きした領域(これ自体もしばしば動く)とは違っていた。この問題は話すと長くなる。機会があれば別途、肩に力を入れず日常茶飯的に論じてみたいと思います。

 新安船の遺物が物語るのは、多国籍的な海の世界で、室町人、元人、高麗人が船という同一空間で時間を過ごしつつ往来していた。船内で供されたのは、引き揚げられた道具でみる限り、元人コックが作る中華料理が主体だったと思われる。どんなメニューだったのか、わかれば面白いが、これはむずかしい。中国文明3千年とか5千年とかいわれるが、いま風の中華料理が定立したのはあまり古いことではないらしい。

 冨谷至さん(京都大学)によると、強火が必要な炒めものや揚げものは古代にはなく、唐末から宋にかけて(10〜11世紀)コークスが登場して以後に発達したもので、さらに数多くのメニューが出てきて今日のような味になるのは明代(14世紀)になってからのことだという。たしかに、『水滸伝』の豪傑たちが食べている料理は案外単調で、もちろん鶏とか果物も出てきますが、飲みに入った店では煮た牛肉をひたすら食べている感がある。といっても、食事には階層性とか場の問題がかかわるうえに、これは小説世界の話で、史料としては厳密性に欠ける。ただし、北宋末の史実を下敷きに、元末から明初の時代に成立した物語であるから、時代的には微妙に冨谷説とも関係するだろう。

 新安船が調理用の燃料になにを使ったのか詳らかにしないが、沈没したのは元代の14世紀前半だから、食事が現代の中華料理イメージに近づきつつあった発展途上の時代ということになる。出港地の寧波あたりの料理は海産物を多く使った淡白な味のものが多く、日本列島人にも違和感はない。また唐辛子がアジアに広まるはるか以前だから、高麗人も辛いキムチは知らないはずで、乗組員一同ともかく不満なく食べられたのではなかろうか。

 前回述べたように、引き揚げられた炊事道具の多くが銅製だった。銅は錆びて緑青を生じやすく、緑青には有毒成分が含まれるところから、近ごろはあまり一般的ではないが、老生の子供時代には家庭でもみかけた。卵焼きに銅製品を使っている人は今もかなり多いのではないか。鉄製の鍋に比べて火のまわりが柔らかいらしい。

 まだ行ったことがないので食べたこともないけれど、フランスのモン=サン=ミッシェルにあるレストラン「ラ・メール・プーラール」のオムレツもたしか銅製のフライパンを使うとなにかで読んだ記憶がある。これについては、ジョン・ランチェスターのグルメ小説のなかで「まず最初にフライパンの重要性……直径七インチで、底の厚い鋳物のフライパンを使うこと。手入れは拭くだけにして、決して洗わないこと」と書かれていて、事実とすると清潔感がないが、鋳物のフライパンは洗わないものだそうだ。洗わないでも、どうせ高温で雑菌は死んでしまうだろうから、死ぬ前に一度は食べてみたいと思っています。

 新安船の食具は高麗の銅製匙や日本製・中国製の椀皿の類のほかはよくわからない。柄杓形がいくつかあるが、皿の部分がまるく平らで、そこから把手に至る部位がほぼ直角に屈曲する形になっていて炉の道具と思われる。上部が鎖で繋がれた銅製の箸もあるが、これもお香に係るもののようで食事用のハシではない。木製のハシらしきものは少なくとも報告されていない。

 船中の食事風景はどのようであったのだろう。具体的なイメージを構成するだけの材料に乏しいうえ、さらに乏しいわが推理力を加えたのではなかなか結論は出ませんが、次回に少し考えてみましよう。

【参考文献】
冨谷至『教科書では読めない中国史 中国がよくわかる50の話』小学館、2006
ジョン・ランチェスター(小梨直訳)『最後の晩餐の作り方』新潮社、2001
『新安船 The Ship Wreck 』韓国文化財庁・国立海洋遺物展示館、2006