慶尚南道は、南海岸沿いの産業・観光開発に伴って、多くの遺跡が発掘されている。正直なところ、老生の主要関心事である高麗陶磁に関してはこれまであまり重要な窯址が調査されていなかったので、それほど注目をしてこなかったのだが、近年、鉄絵を伴う高麗青磁窯址が釜山市の美音洞というところにあることが明らかになった。一帯はもともと日本との関係の深いところではあるし、日本にもたらされた多くの高麗茶碗のふるさとでもある。最近とみに減少しつつある体力、気力と、もともと乏しい財力が許せば、今後通いたい地域のひとつです。

 ここでは、東亜細亜文化財研究院(昌原市所在)が調査した3遺跡の高麗墓からハシとスプーンの出土状況をみてみよう。お墓のはなしばかりで、あまり明るくありませんが、もうしばらくご辛抱ください。

 昌原市加音丁遺跡は市街地に隣接した低丘陵にあり、増大する住宅需要に応えるための開発に伴って調査された。青銅器時代から朝鮮時代(紀元前後〜19世紀)までの遺跡が分布しているが、高麗時代に比定される墓が5基ある。そのうちのひとつで金属製スプーンが、もうひとつで金属製のハシとスプーンがみつかっている。

 前者では青磁鉢にさしわたす形でスプーンが置かれ、その上に青磁小皿が下向きにかぶさった状態になっていた。スプーンの向きは、土壙の長軸にほぼ合致するが、器皿と一体化しているため、縦置きとも横置きともいいがたい。青磁は、12世紀末から13世紀前半のものと思われる。

 後者(5号墓)では、青銅製の鉢の下になかば差し込まれたような状態でハシとスプーンが並んで発見されている。土壙の長軸に対しては横向きに近い斜めの角度になる。ここでは大小の青磁皿2枚、陶器の瓶1点がまとまって置かれていて、器物の並びからしいて推測すると横置きのように思われる。青磁皿は14世紀のものだろうが、新安船の沈没時よりは少しあとかもしれない。

 次に金海市竹谷里遺跡をみてみる。金海市は東に昌原市、西に釜山市を擁していて、釜山最寄りの国際空港はここにある。国立博物館も市内にあって、主として加耶文化の展示を行なっている。大成洞古墳群という遺跡が傍にあって、日本の古墳から出土するのとよく似た青銅器などが出土している。金海空港を利用される考古・古代史ファンなら、少し早めに出かけて見学する価値がある。高麗茶碗には「金海」という白磁の一類があるが、この地名を冠したものである。

 竹谷里では49基の高麗墓が調査されたが、副葬品の出土量はかならずしも多くない。高麗時代後も長らく墓地であったため、その後の墓を営むときに破壊されたケースがあるのも一因だろう。ここでは、破片も含めて金属製スプーンの発見された墓が10基、うち金属製ハシを伴うのが2基あった。ハシのみが発見された例はない。

 スプーンとハシが共伴したひとつ3号墓では、副葬品が土壙の長軸の一方の端に集中していて、スプーンは青銅合子の、ハシは青銅皿の下になって出土している。器物の並びにほぼ平行しているから、横置きの可能性が高いようにみえる。陶磁器は14世紀のものだろう。

 もうひとつのスプーン・ハシ共伴である40号墓は、一部が後代の墓で破損されていたが、やはり長軸の一端の隅に陶器壺・青磁鉢・青銅皿・青銅鉢・青銅合子がかたまって残っていた。スプーンとハシは横倒しになった青磁鉢の下に先端が敷かれるような状態にあったようである。器物の並びは長軸方向で、スプーンとハシも同様である。位置関係が埋納当時を保ったものかどうか、疑問がなくもないが、器物との相対関係でいえば横置きのようにみえる。

 今回のお墓巡りの最後として、昨年報告されたばかりの泗川市の龍見遺跡におつきあいください。

 泗川市は昌原市の西南方向にあたり、南に閑麗海上国立公園が広がっているが、遺跡地は、そこから内陸にクサビ状に食い込む泗川湾の東岸にある。ここで高麗墓とされるのは8基で、そのうちの6基から金属製スプーンが出ているが、ハシを伴うのはわずか1基である。

 その4号墓では陶器壺(叩き作りのいわゆる「朝鮮船徳利」タイプ)、青磁小碗、青磁皿、青銅合子も共伴していて、これらが土壙の長軸にそって並び、それらに平行する位置にスプーンとハシが置かれていた状態にあった。置きかたとしては横と考えてよいように思う。青磁は図からのみの判断だが、高麗末期、ひょっとすると朝鮮時代初めの可能性もありそうだが、いずれにせよ14世紀末ころのものだろう。

 以上でなにがいえるのか? われながら迷路にはまり込んだ気がしますが、ともかく愚考を続けましょう。

【参考文献】
東亜細亜文化財研究院・昌原市『昌原加音丁複合遺跡(下) 高麗時代〜朝鮮時代』(東亜細亜文化財研究院発掘調査報告書 第29輯)、2009
東亜細亜文化財研究院・韓国鉄道施設公団『金海竹谷里遺跡 U 高麗・朝鮮時代(上)』(東亜細亜文化財研究院発掘調査報告書 第44輯)、2010
東亜細亜文化財研究院・LH『泗川龍見遺跡 高麗時代〜近代(下)』(東亜細亜文化財研究院発掘調査報告書 第448輯)、2011