前回まで数回にわたってみてきた高麗墓でわかったことはなんだろう?

 といってもあまりないが、ひとつは、副葬品の食具としてはスプーンがハシより優越しているようにみえることである。少なくとも残存状態からはそうである。ハシが植物性で、墓中で腐朽してしまったということも考えられるが、有機物がかなりよく残っていて、なおかつスプーンしか出土しない例もある。

 もうひとつは、食具の置き方がかならずしも一定しておらず、縦置きか横置きかが明瞭にはみえてこないことだ。

 これらから何がいえるのか、よくわからないが、墓内の副葬は墓主生前の食卓風景をじゅうぶんに再現したものではなかったのかもしれない。

 というわけで、とりあえずは空振りに終わったようだが、第一球に当たらなかったくらいで、三振してベンチに引き揚げるにはなお何球か余裕がある。ヒットを打つ可能性だってまだあるかもしれない、といささか未練がましく考えていて、これからも高麗墓には注意をしていきたい。

 これまでみた高麗墓はいずれもそう大規模なものではない。被葬階級はわからないが、王室や高位の貴族のものではない。いっぽう、典型的な王墓の出土品とされるハシとスプーンがあって、両者揃っているのがやはり正式なのではないかと思わせる。

 高麗の陶磁史に関心をもつ人なら、長陵出土の美しい翡色青磁群のなにがしかを、実物(韓国国立中央博物館に展示されている)であれ図版(高麗陶磁史に関する多くの本に図版が掲載されている)であれ、目にしているだろう。長陵とは高麗17代の王だった仁宗(在位1122〜46)のお墓の名前である。ここに副葬されていた品々は、被葬者が王さまで、没年が明らかだという貴重な資料で、この中に銀製のハシとスプーンがあるのだが、ひとつ難点がある。それは、この陵墓に由来する遺物が正式の調査によるものではなく、すべて盗掘品だからである。

 35年ほども前のことになるが、私もこの長陵出土とされる青磁群に関心があり、中央博物館の所蔵品カードをみせてもらったことがある。そこには東京の古美術商を通じて1916年に朝鮮総督府博物館に納入されたことが記されていた。当時の中央博物館の館長であられた崔淳雨先生によると、戦後、朝鮮総督府博物館その他を引き継いで韓国国立博物館が出発してから自分も経緯を調べたが、盗掘の情報が入った早い段階で朝鮮総督府側が遺品保護に動いたので、回収されたものはほぼ長陵の出土品としてよいであろうと思う、ということだった。

 現在の中央博物館の見解としては、青磁群のうちの4点は確実だろうという。従来、長陵出土だろうとされてきたものはもう少しあるから、何点かは出所不明と判定されたことになる。老生が好きな無文の小皿は長陵ではないとされてしまったようである。仁宗の食卓に並んでいた手塩皿ではないかと想像をたくましくしていたので、ちょっと残念。

 というわけで、絶対確実ということではないが、これまでみてきた高麗墓出土の食具が銅製であったことからすると、銀製というのはいかにも王陵出土品らしい。

 6月の初めに韓国へ行く機会があった。釜山博物館で開かれている「壬辰倭乱」展を見るのが主目的である。年初に書いたように、干支で数えると今年は文禄の役(1592)から7まわり目、420年になる。いまの日本では、こういう年まわりを人の還暦のとき以外はあまり気にしないが、韓国では日本よりは少し色濃く干支が意識されているようである。

 ついでに慶州も久しぶりに訪れました。ソウルとを結ぶKTX(新幹線のごときもの)の新しい線路が開通していて、釜山駅から新慶州駅へは30分弱で着く。以前、慶尚道を旅したときは、節約も考えて慶州―釜山間をバスで2時間ほどかけて移動したものである。乗車時間だけを考えると便利になったといえるが、新慶州駅の周辺にはまだ店舗もタクシーもほとんどなく、ときどき市内や観光地に行くバスが発着している程度である。KTXのスピードにほかの設備がおいていかれているようだが、そのうち追いつくのだろう。慶尚道(だけではないだろうが)の開発の慌ただしいほどの進展とそれに関連した遺跡の発掘調査の背景をかいまみた感じがした。

 国立慶州博物館では、たまたま「唐代名品展」という特別展が開かれていた。中国陝西省歴史博物館の所蔵品を展示したもので、唐と新羅の文化財を対比しようというのが、この展覧会のねらいであるが、唐時代のハシとスプーンも出展されていた。両者はひとつのセットではなく、べつの遺跡からの出土品であるが、ともに銀製で細かな文様が彫りこまれている。高麗のスプーンに比べると把手部の幅が広いが、湾曲した形やアーモンド形の匙部はよく似ている。東アジアに西方からの強い風が吹いていた時代で、展示品のなかには正倉院の器物を思い起こさせるものがたくさんありました。

【参考文献】
韓国国立中央博物館『高麗王室の陶磁器』2009