前回、長陵と陝西省出土の銀製のハシとスプーンについて触れた。以前述べた正倉院に伝わる新羅のスプーンはサハリ(銅の合金)であったが、それ以外に金銀製のものもあって、8世紀ころに東アジアの王侯貴族の身辺で共通性の強い食具が存在していたことがわかる。

 さて、『釜山港へ帰れ』という歌の文句ではないが、慶州から釜山に戻って港の近辺を探訪した。高速道路と橋の建設が進み、飛行便利用も多くなったためだろう、済州島や近辺の島嶼を往来する航路のターミナルが閑散としている様子が印象的だった。

 いくつかの大学校博物館も見学しました。

 韓国では大学校(日本では「大学」と呼ぶことが多いが、韓国では原則的に「大学校」という。「〜大」という略称はもちろん使います)の設立規準に博物館の設置があるそうで、立派な博物館をもっている大学校が多い。どこも入館料が無料で、考古や民俗関係についてはその地域の資料を収集展示していることがよくあるので、時間が許せばできるだけ訪れるように心がけているが、思うに任せないことが多い。

 まず行ったのが東亜大学校博物館。最初にこの博物館をみたのは1970年代で、よく憶えていないが、現在とは場所が違っていたように思う。今回は3度目の訪問ということになる。建物は1925年に建てられたものがもとになっていて、朝鮮戦争当時(1950〜53)、ソウルを追われた大韓民国政府が臨時政庁に使ったという歴史があって、大学校博物館であるとともに臨時首都記念館でもある。最上階に建物の歴史や古い構造の一部がみられるようにしてあって、そこも一見の価値がある。

 考古から近代まで、工芸、書画、史料など各種が揃う、韓国の大学校博物館のなかでも総合性を誇る名門であるが、ここにハシとスプーンが発掘された密陽の朝鮮王朝初期の壁画墓出土品の展示がある。密陽は慶尚南道の北東部にあって、墓主は高麗恭愍王(在位1352〜74)のときの文官であった朴翊(1332〜98)という、高麗から朝鮮への王朝転換期に生きた人だそうである。誌石に「永楽庚子二月甲寅葬」とあって、この壁画墓に安葬されたのは世宗2年(1420)である。壁画の状態は完全ではないが、人物風俗や竹梅の図の描かれていたことがパネル展示からわかる。

 この墓から出土したハシとスプーンは、ガラス越しでよくわからなかったが、銀製であるようにみえた。墓主遺愛の品である可能性があろう。これまた精細にみえなかったが、刷毛目と思われる鉢が共伴しているが、これは埋納当時のものではなかろうか。いずれ拝見の機会を得たいものである。

 朝鮮半島の壁画墓といえば、高句麗のそれが名高い。高句麗壁画古墳は現在の朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)から中国吉林省まで広く分布していて、これらは一括で、世界文化遺産に登録されている。しかし、壁画古墳の伝統は高麗時代にもあった。

 全羅道を中心にして発掘調査を行なっておられる金炳朱さんに高麗時代の墳墓に関するつぎの一文がある。埋葬方法には地域差があることを断ったうえで、

「生きているときと同じ生活を営めるよう、日常生活用器を中心に多様な副葬品をいっしょに埋葬する。したがって、生前もっとも大事にしていた品物と、自身が埋まる場所を買って天まで行くための旅費として地神に支払われる貨幣、そして日常生活用器である大楪(鉢の一種)と皿、匙、箸が基本的に埋葬される。このほかに瓶または水注、青銅器と漆器なども副葬され、身分と勢力により、その質が決定される。例をあげれば、良質の高級青磁ですべてのものを取り揃えた類型、大楪と皿などの小型器種は良質青磁を使用し、瓶と注子などの大型器種は粗質青磁で揃えた類型、大楪と皿は粗質青磁を使い、瓶と注子などは陶器で揃えた類型、粗質青磁ですべてを揃えた類型、鉢と瓶などを必要に応じて金属で副葬した場合などがあるが、これらは墓の規模と築造材料などによって出土状態は多様である。

 王と王妃の墓である陵と貴族層の墓は大部分が石室で築造され、壁画を描いている。このほかの一般下層官吏と庶民たちの墓は小規模の石槨墓と土壙墓が中心をなしている」。

 やはり、ハシとスプーンはいっしょに副葬されるのが本来のありかたであるようだ。金炳朱さんは全羅南道木浦市にお住まいで、全羅道踏査の際はたびたびお世話になっている。以前、木浦の飲み物持ち込みのアワビ料理屋で地元の研究者たちと集まったとき、金さんが珍島の紅酒というきれいな色の酒を持参され、お父さまのお酒を持ってきた、といって笑っていた。これまでこちらに関心がなくて高麗墓の出土食具については尋ねたことがない。この秋、全羅南道に行くつもりなので、今度はぜひそれらの話を聞かせてもらいたいと考えている。アワビと紅酒が目当てではないが、あえて拒むものでもありません。

【参考文献】
金炳朱ほか「扶安青磁と全北の高麗古墳」『土で光る宝物 扶安青瓷』金鍾云・韓盛旭・韓成天編、学研文化社、2008