釜山では釜慶大学校博物館にも行ってみた。ここは初めてで、まず校門横の受付で博物館の所在を訊くと、「ずっと行った左手の赤い建物」という。歩いていると左手に赤い建物があるので入ってみたが博物館らしき施設がない。折よく通りかかった男性に尋ねると、自分も同じ方向に行くから連れて行ってあげるという。車に同乗して、いくつかある赤っぽい建物のひとつでおろしてくれた。やっぱり「ずっと」行かなければならなかったのだが、暑いなか、リュックを背負った老人がよたよた探し歩いているのに同情してくれたのでしょう。韓国では敬老精神がなお健在です。

 入ってみると、まず吹き抜けのホールに首の長い恐竜の骨格が置いてある。釜山の少し西に固城という場所がある。加耶六国のひとつ、小加耶に関わる松鶴洞という遺跡があって、古墳が何基か保存され、最近、博物館も新設されているが、固城ではもっぱら恐竜を観光の目玉として宣伝している。慶尚南道の海岸沿いの地域は、ジュラ紀から白亜紀に恐竜が闊歩していたらしい。近年の韓国ではその辺に限らず、財閥という巨竜が闊歩している。

 部屋に入ると、漁業関係の展示ばかりである。元来、この大学校は戦前に創られた水産専門学校が発展したものである。パンフレットのようなものでもないかと見渡したが、見当たらないので、たまたま通りかかった人(先ほど車に乗せてくれた人とは別)に訊くと、「学生たちが全部もっていってしまったのかな。ちょっとお待ちなさい」と言って、数分後に紙袋とともに戻ってきた。中をみると、博物館のパンフレット、図録に絵葉書セットまで揃っている。図録の表紙には鉄製のヨロイや古瓦の写真がある。

 「2階にも展示があるからどうぞ」

 で、2階に上がってみると、近辺の貝塚や古墳の出土品が並んでいる。みていくと各種白磁食器類とともに金属製のハシとスプーンが展示してある。慶尚南道山清郡沙月里遺跡の朝鮮王朝墓地一括出土品という説明がついている。とりあえずの関心は高麗時代にあるが、いずれ朝鮮王朝についても考えねばならない。隣の部屋の海生動物の展示にはシーラカンスの剥製もあって、東洋陶磁史の世界で"生きた化石"を自認している小生としてはゆっくりみたくもあったが、ともあれ学芸室を教わって、1階の一室のドアを開けた。学芸員に会いたいのですがというと、女性職員が奥に一旦消えた後、案内してくれた部屋には、さきほど図録などをくれた人がいた。とりあえず名刺を交換すると、学芸研究員の李尚律博士という方で、訊くと沙月里遺跡を調査したご当人である。これ幸いと報告書があるならみせていただきたい、とお願いする。

 「あの朝鮮王朝墓だけの報告というのはないのですが、遺跡全体の報告書の一部としてならあります。あそこは無文土器時代の遺跡として調査しましたが、近くに朝鮮王朝の墳墓が1基あったので、いっしょに発掘したものです」と言って、書棚から『山清沙月里環濠遺跡』という報告書を抜き出し、見せてくれた。「できればコピーを……」と思っていると、「差し上げます」とあっさり、これも下さった。

 じつは最近、食膳におけるハシとスプーンの置き方に関心を抱いていて、高麗墓について調べていますが、よくわからず、いずれ朝鮮王朝の墓の報告もみなければと思っていた矢先で、まことにありがたい。ついてはお考えをお聞かせ願えませんか云々と申し述べる小生に、「その問題はこれまであまり考えてきませんでしたねえ。でも面白いですね。そういえば、学生時代に参加した望美台の発掘でもハシとスプーンが出ていました」と言われる。

 望美台。脳内の一画でかすかに警告灯が点滅する。今は団地になっている釜山市内の集団墓地遺跡で、1980年代中葉に調査されたが、報告書は出ていない。遺物の一部は釜山大学校博物館に展示されていて、日本製の天目茶碗が出土したことがわかっている。前回釜山に来た折、いっしょにみた井上喜久男さんによると、16世紀末から17世紀初めに生産時期が限定できる美濃(岐阜県)産天目だという。たしかに大阪城関連遺跡からも同類が出ている。文禄・慶長の役から徳川政権が確立に向かう、日本と朝鮮王朝との関係の微妙な時期に作られた茶碗が、どんな経緯で釜山に渡り、どんな人の墓に副葬されたのか?

 その日の夕方、じつは釜山大学校の人に会う約束があった。少し早めに行って、博物館を訪ね、望美台の出土品を展示している場所に急いだ。金属製のハシとスプーンが並んでいた。ああ、やっぱり! この展示コーナーには何度も来ている。天目茶碗はその度に注視してきた。が、ハシとスプーンのことはすっかり忘れていた。「人はみたいものしかみない」とだれかが述べていたが、手狭なわが脳内には、そのときの関心事しか記憶が生き残らない。「老い」のせいばかりではない。

【参考文献】
『釜慶大学校博物館』2006
釜慶大学校博物館『山清沙月里環濠遺跡』(釜慶大学校博物館研究叢書 第4輯)1998