前回述べた和物天目茶碗やハシ、スプーンが出土した釜山市望美台は、正式報告はないものの、発掘者の見解では16〜17世紀の墓地遺跡群だろうということだった。井上喜久男さんの生産地編年と年代観は一致する。しかもその茶碗は、箸傷、茶筅擦れひとつないまま墓に副葬されていた。日本での製作から釜山での埋納に至る間に大きな年代差はないように思われる。こういう事例が増えれば、1600年前後の日本と朝鮮半島との関係が、政治史以外の面で少し具体的にわかってくるかもしれない。

 そのころの日本と朝鮮半島との間には、たとえば茶碗に関連してもいろいろの問題が横たわっていて、そのひとつに「御所丸茶碗」といわれる一類への疑問がある。一見して織部風の沓茶碗、あるいはそれをやや縦長にした形などがあり、白一色のものと黒で粗く文様をつけたもの(「黒刷毛」という)がある。いずれも白磁質、高台は5〜8角などに面取りしているのが特徴で、桃山期の普通の和物茶碗とは素地・成形が異なるものの、織部焼との強い類似性が認められる。高麗茶碗の一種に分類されるが、日本からの注文によって朝鮮半島で焼かれたものと考えられている。

 一方、目下の陶磁考古学では、織部焼は1607年ころから焼き始められたとされるので、御所丸茶碗はそれ以後に焼かれたものであろうということになる。しかも御所丸茶碗の作ぶりには、右にみたように一定の特徴があり、そう長い期間、広い範囲で焼かれたものとは考えにくい。

 御所丸茶碗が日本からの注文による生産であるならば、文禄・慶長の役後の日本と朝鮮との関係がきわめて悪い時期に、どういうルートによってそのような茶碗作りが成立したのかは、ひとり茶碗にとどまらず、陶磁史だけにも限定できない大きな謎である。

 一方、望美台出土の和物天目は織部焼が出現する直前の美濃陶器であるが、その茶碗が物語る歴史は御所丸茶碗とどこかでつながるのだろうか? 簡単には解き得ないであろうが、私にとっては興味深い課題である。やっぱり茶碗に関わる問題はおもしろくて、ついついハシとスプーンから話が逸れてしまいました。

 釜山の宿で、この度の慶尚道旅行で得た資料のなかの、良洞マウルに関する観光パンフレットをめくっていて、はたと手がとまった。そこに伝統料理「七楪食膳」(7個の鉢がセットになった膳形式)の写真が掲載されていて、ハシとスプーンが膳の縁にかかるように横ざまに置いてある写真が添えられているではないか。そこで頭の片隅に再び警告灯が点滅する。これはどこかでみた光景だ。どこだったか……?

 しばらくして、民俗博物館の展示でみたことがあったのを思い出した。

 帰国して、雑然たるわが本棚を眺めていたら、光州民俗博物館の図録があって、なかに良洞マウルの観光パンフレットの写真とよく似た食膳の写真が出ていました。たぶん、ソウルの国立民俗博物館でも、ほかの民俗博物館でも似たような展示はあって、何度かみてきたに違いない。それらのかすかな残像が警告灯点滅の原因であった。やっぱり、そのときどきの関心事しかきちんとみていないのだ。

 こういう膳形式がいつごろ成立したものかは、民俗展示からはわからない。朝鮮王朝の形式を引いているものであることは間違いないが、高麗時代、あるいはそれ以前にまでさかのぼりうるかどうか? しかしともかく、ハシとスプーンを横置きにする伝統は朝鮮半島にもあるといっていい。

 良洞マウルのマウルというのは村のことで、良洞は慶州の郊外にある。民家・民俗の保存地区になっていて、最近、同じ慶尚北道の河回マウルとともに世界文化遺産に登録されたそうだ。今回は、たぶん十数年ぶりの訪問だったが、以前に比べると案内所や地図の立て看板なども完備され、いかにも観光地らしくなっていた。そのぶん、古建築のなかには入りづらくなって、多くが外から眺めるだけになっていたのはちょっと残念。いまもそこで人びとの日々の生活が営まれているのだから、観光客にずかずか入ってこられてはたまらないであろう。無理からぬことではある。世界文化遺産指定の意義を認めるにやぶさかではないが、いったん指定されたとなると、たちまち観光化が進行する。地元にカネが落ち、保護・保存の費用も出てくるので、悪いはなしとはいえないけれど、静かに見学を楽しむのはむずかしくなっていく場合が多いのも事実である。遺産過多にならなければいいが、というのは老人の余計な心配でしょう。

 行ったのが土曜日で、かなりの客が村内を歩いており、村の入り口近くに設置されている公衆トイレは待ち人が並ぶ盛況であった。隣に新しいのが建設中で、村のあちこちには急ごしらえの民家風食堂や茶店がオープンしていたから、しばらくのちには面目を一新しているに違いない。もしまた訪れる機会があれば、そのときは、伝統料理を出す店を探し、その食膳風景を確認しなければなりません。

【参考文献】
慶州市観光振興課『良洞民俗村』
光州民俗博物館『光州民俗博物館』1990