前号まで済州島に伝わる三姓神話をみてきたが、『高麗史』よると、そこに日本から三人の処女とウマ、ウシ、五穀の種子が届いたことになっている。ヒトと家畜はともかく、『日本書紀』には五穀の種を耽羅王に贈ったという記事がある。天智天皇8年というから西暦669年のことだ。耽羅が王子の久麻伎らを派遣して貢物を献じたのに対し、彼らが8日後に帰国するとき「耽羅王に五穀の種を賜ふ」とあるのがそれだ。三人の女性がいっしょだと話の辻褄が合うのだが、そういうことではない。だいたい、このときに初めて穀物が済州島に到来したわけでもない。済州島の古文化については、近年の考古学調査によって、文献とは別のストーリーが明らかになりつつある。

 考古学者たちが「チョッパー」と呼ぶ石器がある。石塊の片側を打ち欠いて刃面を作り出した旧石器時代の人類の発明品で、石を加工して作り出した初期の道具だ。済州島でもこれが出土していて、旧石器時代からヒトが住み着いていたことがわかる。日本の縄文時代に相当する新石器時代になると、土器の製作が始まる。朝鮮半島の各地で初期の土器として位置づけられる隆起文土器(口縁や器壁に細い突帯を貼りつけて装飾する)や櫛文土器(櫛掻き状の線や刺突で文様をつける)などに先立って、ロシアのアムール川や沿海州のものと似た土器の破片も発見されている。これは、済州島の西海岸にある遺跡地名から「高山里式土器」と呼ばれているタイプで、草の葉を粘土に混ぜていて、土器の表面にその痕跡がみられる。

 ちなみに、日本の縄文土器のうち、東北地方で多く作られた円筒土器といわれる細長い土器があり、これもロシアに淵源があるかもしれないといわれる。旧石器時代の終わりごろから新石器時代の前半にかけては、気候の変動期で、人類の大移動があった。そんな波のなかに済州島もあった可能性がある。三姓の神人はともかくとして、海のなかにある島は、孤立しているようにみえて、ほかの地域からのヒト・モノがやって来やすい立地でもあるのだ。

 ついでにいうと、櫛文土器の一部は、九州地域で縄文時代中期に多く作られた曾畑式や轟式と呼ばれる土器とよく似ていて、相互に関連があると考えられている。済州島とは直接の関係はないが、轟式の土器は九州だけではなく、中国地方や近畿北部の日本海側にまで分布していて、これは桜島の噴火を逃れたヒトの移動と関連するという推定がある。地球温暖化、地震とそれに伴う津波、火山活動の予兆などにおびえるわれわれにとって、考古遺物の語る過去の人類の物語がひときわ身近に感じられる今日このごろではあります。

 済州島の五穀の話をしなければならないのでした。

 済州市旧市街の三姓穴のさらに東側、三射石跡や済州民俗博物館があるあたりは青銅器時代から初期鉄器時代(紀元前1000年〜紀元前後)の遺跡が点在している。北側に海、南に山を控えた立地で、海際には真水の出る泉がいくつかある。水資源の少ない済州島にあって、これは貴重な自然の資産である。

 済州島は、よく知られるように火山噴火によってできあがった島だ。地面はもともと多孔質の火山岩や粘り気の少ない火山灰に覆われていて、保水性が乏しい。水はけがよすぎるのも、ときにはこまったものである。しかし、降る雨は地表からすぐに地面に浸み込むが、伏流水として低いところに流れていって、海際に泉となって出てくる。現在は上水道が整備されているが、かつての島の女性たちの朝の仕事に水汲みがあった。古くは木桶を、18世紀以後は土製の甕を背負って水を運んだ。いまでも右の遺跡地近くの海辺に、潮水と混じらないように区画された水汲み場をみることができる。水をすくって飲んでみると、すぐ隣の海水とは違ってたしかにきれいな真清水である。火山性の土地が天然の濾過装置として働いているのであろう。

 海山の食材と水があればヒトは生きられる。ここに早くからヒトが集住したのも不思議ではない。そういった場所のひとつ、三禾地区遺跡から炭化した穀物が出土している。冒頭に引いた『日本書紀』の7世紀の記事を何百年もさかのぼる時代である。「耽羅王に五穀の種を賜ふ」というのは、儀礼的な贈答を意味するのではないかと思う。農業祭祀を中心にするヤマト政権の、漁業の国・耽羅への象徴的な贈り物が五穀の種子だったのではなかろうか。しいて考えれば、日本から家畜や五穀の種子が届いたという『高麗史』の物語は、ヤマトと耽羅というふたつの古代国家の通交に関するある種の・記憶・が記述者に作用した結果かもしれない。

【参考文献】
小島憲之ほか校注・訳『日本書紀』(新編日本古典全集4「日本書紀3」)小学館、1998
国立済州博物館編『国立済州博物館』2011
小林達夫編・小川忠博写真『縄文土器大観1』小学館、1989
*なお前回に述べた金元龍博士の随筆のうち、自ら日本語化された本があるので、左に紹介しておきます。博士は英語も堪能だった。
金元龍『随筆集 日々の出逢い』講談社、1990