三井記念美術館といえば、名のとおり、江戸時代からの豪商三井の各家・各代が集めた美術品を数多く蔵している。その収蔵品のなかでも、茶の湯に係る美術品の質の高さは日本有数といっていい。このジャンルで日本有数ということは、世界有数ということでもある。どんなものがあるのか?

 志野茶碗・「卯花墻」(国宝)、長次郎の黒楽茶碗・銘「俊寛」(重文)、中国吉州窯の玳皮盞「鸞天目」(重文)、本阿弥光悦の黒楽茶碗・銘「雨雲」(重文)と、茶碗の指定品だけでもこれだけの名碗が並ぶことになる。高麗茶碗としては、大井戸茶碗「上林井戸」、古三島茶碗「二徳三島」、粉引茶碗「三好粉引」、斗々屋茶碗・銘「霞」、17世紀初めころの日本から朝鮮への注文品と考えられる御所丸茶碗などなどが見られるのもうれしい。

 これらの茶碗のほか、唐物肩衝の代表作例のひとつ銘「遅桜」(大名物)、寸松庵色紙(伝・紀貫之筆)、備前火襷水指、志野重餅香合……。挙げ始めるときりがないが、「茶会への招待」と銘打つだけあって、ひとつの展示室に「茶事の取合せ」として、茶事の進行に従って、掛物、風炉、炭手前の道具、懐石道具などが展開する。

 全体を見て、品のいい華やぎとでもいった印象があって、まことにきれいな展示となっている。茶の湯にあまり関心のない人でもじゅうぶんに美しさを堪能できるであろう。

 併設の「新寄贈品」展では、渡辺始興(18世紀)と金沢文庫本白氏文集(平安時代)がよかった。書画に関心をお持ちの方はぜひご覧になっていただきたい。

 18世紀から19世紀にかけては、ヨーロッパでも日本でも、美しく精密な博物図譜がたくさん作られた時代である。日本では東京国立博物館の「目八譜」(目八とは貝という字を上下に分けた洒落で、貝を中心にした水産物の図譜)や讃岐松平藩が作製した「魚譜」などは博物図譜の傑作といっていい。今回展示されている始興の「鳥類真写図巻」にもそういった時代の精神が背景にあるが、写生画としての芸術性において群を抜く凄味がある。

 『枕草紙』に「香爐峰の雪は簾をかかげて看る」という白楽天の詩を踏まえた一段があるが、白氏(白楽天)の詩文は平安貴族の教養の基ともいうべきものだった。金沢文庫本白氏文集は筆写する平安人の白楽天に対する敬意が伝わってくるような筆遣いが見て取れる。

 残念なことに、この展覧会では図録が作られていない。今回のその理由は知るところではないが、現今の経済情勢で、公私の多くの美術館の経営が苦しく、展覧会図録の作製を割愛することがよくある。展覧会は美術館・博物館にとっては最重要の事業であろうし、図録は館の歴史の証しともなるものだ。多少小ぶりなものでも作ってもらうとありがたい、というのが記憶力の急速な減退過程にある老生の願いである。しかし、茶の湯の世界には「一期一会」ということばがある。図録に頼らず、その精神でひとつひとつの展示品を熟視せよ、というのが図録を作らない主催者の無言のメッセージかもしれません。