前回紹介した東京大学総合研究博物館の展覧会は「アルケオメトリア」というタイトルそのものが難しいものだった。今回とりあげるのは、1910にローマ字の「s」がついているくらいで、ことばとしては格別難しいタイトルではない。しかし、「越境する日本人」だけでは意味がよくわからない。サブタイトルの最後の「1910s−1945」までみて、なるほど、と主催者の意図が推定できる仕組みになっている。

 この30数年の間、日本と外国、なかでもアジア諸国・諸地域との間でなにが進行したのか?

 1910(明治43)年は、韓国併合に関する日韓条約が調印され、朝鮮半島の日本植民地化が完成した年である。翌年、中国では辛亥革命が起き、長らくの皇帝中国が終焉に向かった。1914(大正3)年には、日本も第1次世界大戦に参戦して、ドイツに宣戦布告し、結果としてドイツ領だった南太平洋の多くの島々を委任統治下に収めた。……その後日本は東南アジアその他を含めて各地各方面に進出し、戦争に突入する。1945(昭和20)年は、もちろん第2次世界大戦で日本が敗北し、無条件降伏に至った年である。この間、日本もむろんであるが、世界中かつてない規模で人びとが死んでいった。

 老生はもちろん明治や大正の生まれではないけれど、戦前に生をうけた日本人のひとりとして、正面から向き合うのがつらい時代である。同時に、ほんとうは真正面から考えなければならない時代である。この展覧会は、このようなタイトルでなにを並べているのか?

 おおいに刺激に満ちた展覧会である。浅川兄弟、柳宗悦の事績や石黒宗麿、富本憲吉などの陶磁作品が並んでいるのは想定内だったが、他方、六角紫水の漆芸や川瀬巴水の朝鮮風景を描いた木版画などは、思わぬ眼福だった。

 個人的な関心からよかったのは、小森忍の中国古陶磁風作品と三和高麗焼による復興高麗青磁とがみられたことである。

 前者は小森忍が1921年に南満州鉄道株式会社(満鉄)の中央試験所内にl雅堂窯を築いたりしながら、古陶磁研究を進めつつ倣古作品を作ったものであるが、単なる模倣に終わらない創作を行なっていて、高い水準を示している。

 後者は実業家富田儀作が1911年に熊本県八代焼の濱田義徳らの協力を得て高麗青磁の復興を図って起業したもので、のちの韓国人による高麗青磁再興に先駆ける事業としても意義深いが、古い技法や美意識に学びつつ新しい美を創り出そうとした成果にはみるべきものがある。

 これらの作品群は、大きな展覧会では近年あまり展示される機会がなかったようだが、再評価されていいものだと思う。

 図録巻頭には、この展覧会を担当された木田拓哉さんの〈工芸家が夢みたアジア 工芸の「アジア主義」〉という一文が載せられている。これを読むと、今回の企画が日本の近代は工芸面においてアジアとどう関わったのかという大きなテーマについての多角的な問題意識に基づいていることがわかる。「グローバル化がすすむ国際社会は、宗教、祖先、歴史、言語、価値観、風習など文化的背景において類似する国家同士が連帯する多極的な世界へと向かっていると考えられている」ともある。しかし、グローバル化はナショナリズムへの傾斜を助長するのも事実で、「国」だの「境」だのを考えるうえでもこの展覧会の今日的意義があるでしょう。

 展示には啓発されるところ大であったが、一度に多くの主題を盛り込もうとしたためか、やや問題整理に欠ける印象がなくもない。今回は、今後に続く各論的展覧会の目次のような役割であるのかもしれない。各章に該当する、より深化した展覧会が後日みられることを大いに期待します。

 今年は壬辰年である。近世のトバ口にあって日本人が越境した代表例の文禄の役から420年目で、同じ干支にあたる。韓国の釜山博物館では、これを記念して「壬辰倭乱」展を6月から7月にかけて開催するそうだ。壬辰倭乱とは文禄の役の向こうでの呼び名で、たぶんこの展覧会では越境された側からの視点が主眼になるであろう。これも近々みに行くつもりです。