書をみるのは好きだが、まったくの素人である。ときに展示をただ漫然と眺め、いい気分になって帰ってくる程度で、書家の真剣な努力に対してはあまり顧慮するところのない不親切な観者である。現代日本の書家の仕事についてもほとんど知るところがない。今回も「ついでに」といった、作家、主催者にははなはだ失礼な動機(?)で東京国立博物館に足を伸ばした。ついで、というのは同じ上野公園内にある国立西洋美術館で開催中の「ベルリン国立美術館」展をみに行くのが当日の主目的だったからである。

○『青山杉雨の眼と書 書の巨星と中国書画コレクション』展

 さて「ついでの」つもりだった青山杉雨展、これがよかった。今年は杉雨(1912〜1993)の生誕百年だそうである。まず、杉雨が集めた中国の書画のコレクションが展示されている。明・清が中心であるが、元代の書も含まれている。展示説明によると、杉雨は60代に台北の故宮博物院で董其昌(1555〜1636)の作品にであって衝撃を受けみずからの書法を改革したとあって、董其昌の作品も展示されている。董其昌は明代の文人芸術のリーダーで、書画に秀でた人であったことは間違いないが、私などにはその作品が少し冷たくみえて、あまり好みではない。しかし、杉雨はそこに自由な精神をみたようで、このあたりは人がそのとき何を求め、模索していたかにおおいにかかわることだろう。

 展覧会の主眼はもちろん杉雨自身の作品にある。変遷する書風は、先人に倣い、金石の文字を慕い、さらには絵画に接近する。多様な試みは展覧会で直接みてもらうほかないが、日中の戦争を挟んだその生涯で、中国の書に学びつつ、現代の書を切り開いてきた杉雨の足跡は、「書は人なり」とともに「書も時代である」ということを強く考えさせる。遺愛の硯などの道具類や書斎の復元展示などもあって、楽しめる。

 近年の東京国立博物館の大展覧会では、観客が多くて作品をみるのに苦労するようなことも多々あったが、この展覧会ではゆったりとした空間と時間のなかで鑑賞できたのはなによりだった。主催者としては、たくさんの入場者を望んでいるに違いないが、みるほうからすると、ヒトが少ないにこしたことはない。おおいなる矛盾である。

 ついでのついでに、本館で開催されている「生誕150年 帝室博物館総長 森・外」と「東洋の青磁」の展示をみたところで力尽きて、渡辺崋山「鷹見泉石」(国宝)には会わずに退散した。トシですね。

○「ベルリン国立美術館 学べるヨーロッパ美術の400年」展

 ベルリンには行ったことがない。ベルリンに行きたしと思えども、ベルリンはあまりに遠し、もう一生行くこともないだろうから、せめては展覧会をみておこうというのが老人の思惑である。

 はじめにベルリンの国立博物館に関しての説明がある。新・旧の国立博物館があって、新・旧の国立美術館があって、ダーレム、ペルガモンその他全部で15の美術館・博物館を総称して「ベルリン国立博物館群」というのだそうだ。1日2〜3館を見学して1週間あればいいか、などと悪いクセで徘徊欲がそそられるが、貯蓄と健康保持に励んで再来年あたりを期したものか? 再来年があったとしてだが、迷いますね。

 「学べるヨーロッパ美術」というだけあって、子どもの頃に教科書だの美術の概説書などでみた記憶のある絵がいくつか出品されている。アルブレヒト・デューラー『ヤーコプ・ムッフェルの肖像』、ルーカス・クラーナハ(父)工房『マルティン・ルターの肖像』、ヨハネス・フェルメール『真珠の首飾りの少女』などなど。「泰西名画」という今や死語のような言葉が脳裏によみがえる。実物がみられてよかった、というのが正直な感想である。レンブラント・ファン・レインの『ミネルヴァ』、いいですねえ。昔はレンブラントの作として本でよくお目にかかった『黄金の兜の男』も並んでいました。レンブラント作かどうかについては論争があるのだそうで、今回は「レンブラント派」となっていた。

 最後の「イタリア・ルネサンス素描」展示室がおもしろかった。描線だけでなく、画家たちが画材をどう使ったのかがわかる。わかったからどう、というわけでもないが、これも「学べるヨーロッパ美術」である。