○「狩野山楽・山雪」

 狩野派といえば、室町時代から江戸時代にかけての画壇の大勢力で、時の権力に密着して隆盛を誇った、という印象がある。勢力にも権力にも縁のない貧書生にとっては、紺碧障壁画の筆太で豪華な大画面などは、感心はするものの、あまり共感をもってはみてこなかったのが正直なところである。この山楽・山雪展も、京狩野(寛永年間に狩野家の本拠が江戸に移って以後の「江戸狩野」に対して京都の狩野派をこう呼ぶ)を代表する画家の展覧会としてみておかねば、といった感覚で入館した。ところが、これがおもしろかった、などといえば主催者に叱られそうであるが、とにかくいい展覧会です。

 山楽(1559〜1635)の『紅梅図襖』と『牡丹図襖』(ともに重文、京都・大覚寺)はやっぱりすごい。岩の描法は漢画風であるが、ここに表現されているのは日本の叙情で、金箔の豪奢のなかにもうるおいに満ちた空気がある。『龍虎図屏風』(重文、京都・妙心寺)、『車争図屏風』(重文、東京国立博物館)も身近に拝見して、山楽の筆力をぞんぶんにみることができた。

 図録冒頭にある山下善也さん(京都国立博物館)の論によると、「山雪を多くの方々に知っていただきたい」という思いから出発した展覧会だそうである。正直、小生も山雪作品をあまり注意してみてこなかった。今回の展示では、山雪のほうが山楽の3倍あって、山雪の画業の全体像をほぼ知ることができる。

 『老梅図襖』(アメリカ・メトロポリタン美術館)は、もと京都・妙心寺塔頭の天祥院方丈を飾っていたものの由で、いわば里帰り展示である。ほかにも3点の在外山雪作品が出品され、新発見も出ている。この機会にみていただくといい。

 山雪(1590〜1651)の絵では、人物や動物の目線が気になった。白目が大きく、瞳がその上や下、あるいは横隅に点じられたものが多い。八大山人(1626〜1705)の画中の目に似ている。山人は明から清に移り変わる激動の時代にあやうく生きた奇矯の中国画家である。山雪もまた幼少のころに豊臣から徳川への政権交代を経験し、江戸狩野が繁栄に向う時代に京狩野を担った。画業と直接の関係はないが、晩年には金銭上のトラブルで牢屋入りをしている。豊臣秀吉に庇護された師匠の山楽は、豊臣家滅亡後に生命の危機があったという。権力のそばで生きることに関する山楽以来の不安が山雪の絵の目線に表れているような気がするのは考え過ぎでしょうか?

○「當麻寺―極楽浄土へのあこがれ― 」

 今年は『當麻曼荼羅』(国宝、奈良・當麻寺)が織り出されたとされる天平宝字7年(763)から1250年めで、今回の展覧会は、これを記念した企画だそうだ。

 当然、目玉はこの綴れ織りの曼荼羅(根本曼荼羅)(展示期間:4/6〜14、4/23〜5/6)である。しかし、年経て変色し、傷みも激しい。老生の視力では、正直よくみえませんでした。ただ、縦394.8p、横396.9pというこの巨幅をほぼ同寸で写した京都・禅林寺(重文、鎌倉時代)と當麻寺(「文亀本」重文、室町時代)の絵が展示され、図様が窺われる。さらにコンピュータが設置されていて、こちらは根本曼荼羅の細部がアップでみられ、写しとの比較もできる。

 伝説では蓮糸により一夜にして織りなされたといい、その織成に関わったとされる中将姫の名とともに曼荼羅にまつわる仏教説話が形成されてきた。当の根本曼荼羅は、最近の研究では蓮糸ではなく絹糸によるもので、日本製、唐製の二説があるようだが、8世紀にさかのぼる巨大な綴れ織りが全体として伝世・現存しているのは、隠滅しやすい染織品としては奇跡に近いことというべきだろう。細部はわからないまま、しばらくその前で佇んでおりました。

 展覧会の構成は、當麻寺の背後にある二上山への信仰から始まり、縁起絵巻(神奈川・光明寺の重文『当麻曼荼羅縁起』も出ています)、仏像、絵画、文献資料、さらに寺に伝わる茶道具などにも及ぶ総合的なものである。老生には、飛鳥時代から平安時代にかけての保存状態のいい仏像群、中将姫の画像や彫像がことに美しく感じられました。

○「国宝 大神社展」

 結婚式は神式、葬式は仏式というのが一時期まで日本のスタンダードだった。近年は、神式でもキリスト教による結婚式や宗教色のない葬儀も多くなったと聞くが、各地の祭礼は神社が中心で、お墓参りはお寺に行くという習慣はまだ根強い。お寺には仏像があり、墓地があって、祈りの対象に具体性が濃い。神社では鳥居、社殿、賽銭箱などがあるが、神像を直接拝する機会はあまり多くないのではなかろうか。荘厳も仏寺のほうが一般に豪華で、神社は簡素な趣がある。美術という面からみると、仏教美術に比べ、神道美術はあまりポピュラーではない。

 「国宝」と銘打ったのは、神社にもすごい美術がたくさんありますよ、という主催者のメッセージであろう。事実、国宝・重文が目白押しで並ぶと、こんなに神社伝来のすごい美術品があるのかと改めて目をみはる。考えてみれば、古代以来の信仰の場であるから、奉納品が豊富なのは驚くに当たらないということだろう。

 鏡、弓矢・刀剣・甲冑などの武器・武具、権現絵・縁起絵や祭礼図、衣類、各種工芸品などの数々はもとよりであるが、今回の展示では神像が多く出品されていてみごたえがある。仏像がギリシア彫刻の刺激で始まったように、神像も仏像から多くの表現を学んでいるが、像容、装飾はより簡素で、表情には荒ぶる神威が強く意識されているように思われる。また仏像が本来、男性像であるのに対して、神像には女神表現があるのも特徴で、この展覧会で多くの優品がみられる。なかでも京都・松尾大社の『女神坐像』(重要文化財、平安時代)の堂々たる像容、威厳のある顔貌は「神頼み」したくなるほど頼もしい。福井、若狭神宮寺の『男神坐像』と『女神坐像』(いずれも重要文化財、鎌倉時代)は美男美女で魅力がある。指定品ではないが、『獅子・狛犬』の一対(滋賀・若松神社)も力感と可愛さを兼ね備えた美しい造像である。

 神道美術とはなにか、などといった難しい問題は別にして、日ごろみる機会の少ない神社伝世の美術が一挙にたくさんみられる展覧会としてお奨めです。