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役者になれる

第7回「役者になれる」メインイラスト

父亡き後、母と暮らしたのは今思えばたった5年ですが、僕には長く感じました。
下り坂をゆっくりゆっくり降りていく感じで、トイレがいよいよあやしくなっていった最後の半年くらいは、さらに長かった。

逆に、ゆっくりだったから5年間持ったのかもしれません。しかも僕には、「母は認知症という病気なんだ」という、専門的な気づきがなかったので。

でも、トイレを失敗するというのは明らかに段階が一歩進んだと思ったので、回覧板に「相談員が地域を回ります」みたいなお知らせが入っていたことがあった時、うちも申し込みました。それで民生委員の人かな、市の福祉課みたいなところの人かな、来てくれたんです。

介護保険制度は2000年に施行されているから、その時に相談して申請してもよかったのかもしれないけど、そういう発想が僕にはなかった。だから脳梗塞(のうこうそく)で入院するまで、介護認定は受けていないですね。

それにこれもよく聞く話ですけど、家族だけの時はボケまくっているのに、お客さんが来るときちっと応対していたんですよ。

母も、「お名前教えてください」「生年月日はいつですか」「困っていることはありませんか」とか、質問されたことにはまともに答えていたし、自分から進んで「実はトイレを失敗するようになりまして」なんて言うわけがない。

むしろ普通にしっかり受け答えしていて、「ちょっと立ってみてください」と促された時なんて、「はいよっ」とか言って得意げに立ってみせていましたもんね(笑)。役者顔負けですよ。

そんな調子だから、相談員の人も「注意しましょう」くらいのアドバイスで終わってしまっていた。介護認定を受けても要支援程度だったんじゃないか。
初めて「ケアマネージャー」という職業の人に会ったのは、母が脳梗塞(のうこうそく)で入院した時です。介護認定の申請をして、入院した時は要介護2。それがすぐに要介護3になりました。右半身に麻痺(まひ)がきっちり出たので。