ギロチンハウス。皆はそう呼ぶ。公式な名称はセカンドキャリア戦略室。しかし、その実態は、社員の首を切るための追い出し部屋ならぬ追い出し小屋だ。

W 決着のとき来たる

 地味な色の背広や、会社のロゴが入った作業着に身を包んだ中年の男たちが、続々と会議室に集まり始めた。今日の議題は、「組織の再編について」。社長をはじめ、役員全員と、各部の部長が出席する。
 会議室の前方に立つ丸子は、出席者が入室するたびに軽く頭を下げた。
 当然のことながら、最初にやって来るのは部長たちだ。そのあとから役員が、最後に社長が入室する。大きなコの字形に配置されたテーブルが、後ろから順に埋まっていく。

 先週の月曜日──。事情聴取を終えて京都に戻った麻里が、辞表を提出した。一部マスコミが会社に押しかけたため、先週一週間はその対応で大変だったが、麻里が自ら会社を去ってくれるのは願ってもないことだった。
 麻里の辞表提出を受け、丸子は、江梨子と勝見、そして下島を、一時停職処分とした。下島に関しては、約束通り復職させることになるだろうが、江梨子と勝見については、これをきっかけに退職させるつもりだった。監査室でパソコンのデータをコピーするところを捕らえることができれば言うことはなかったが、今回の麻里の騒動に加担したことだけをとっても、退職勧告する理由にはなる。それで、とりあえず邪魔者はいなくなる。
 昨日の役員会で、丸子は正式に、組織再編の責任者の指名を受けていた。プロジェクトの終了までは「特任部長」としていっさいを取り仕切ることになる。プロジェクトを無事成功させたら、その後は役員へ昇進することが内定していた。

 コの字形のテーブルの一番手前左側の空席に、丸子は目を向けた。社長の席だ。
 今のバカ社長が、長い間社長の座にい続けることができるとは思えない。そうなったら、次は自分の出番だ。なんといっても、親子二代にわたって自分が不正をもみ消してやるのだ。胡桃沢一族は自分をバックアップせざるを得ない。
 ──そう遠くない将来、私はあそこに座ることになる。
 丸子はほくそ笑んだ。
 テーブルを埋めていた出席者全員が、一斉に立ち上がった。胡桃沢社長のお出ましだ。丸子も、深々と一礼する。
 胡桃沢が席に着くと、出席者も腰を下ろした。


 自分が会社再編プロジェクトの責任者に就任したことを告げ、簡単な挨拶を終えると、丸子は、今回の会議の趣旨について説明を始めた。
 部長たちが戦々恐々としているのが、丸子にはよくわかった。部署の統廃合の結果によっては、自分たちの地位が危うくなるからだ。これまでの丸子の非情なやり方から見て、おそらく部長たちは、最悪の場合ギロチンハウス送りもあると思っているはずだ。
 怯えたような目でこっちを見ている者、祈るように手を組み合わせている者、何かに耐えるかのようにうつむいたままじっとしている者など、部長たちの態度は様々だ。自分が彼らの運命を握っていると考えるのは実に気分がいい。
「では、再編後の各部署の名称と、部長に就任していただく方のお名前、人員の数など、具体的に説明します」
 丸子は、壁際に置かれたデスクに顔を向けた。デスクトップ型のパソコンが載り、その前で家長がスタンバイしている。
 目で合図を送ると、家長は、手慣れた様子でパソコンを操作した。
 社長と役員の前には、ノートパソコンが開いた状態で置かれており、その画面に資料が映し出される。部長たちにパソコンはない。後方に座った出席者たちは、前方の大きなスクリーンに向かって一斉に身を乗り出した。
 スクリーンに、会社の新たな組織図が浮かび上がる。
 部長たちの間でどよめきが起きた。小さく悲鳴を上げた者もいた。
 出席者の反応を楽しむために、丸子は、しばらくの間無言で会議室を見回した。
 部長たちの態度は、はっきりと二つに分かれた。笑みを浮かべ、胸を張って正面に顔を向けている者。そして、力なく肩を落とし、おどおどとあちこちに目を泳がせている者。
 コホン、とひとつ咳をすると、丸子は、組織図を指し示しながら、新たに生まれた部署の業務内容について説明を始めた。水を打ったように静まり返った会議室内に、やや甲高い丸子の声が響く。
 ひと通り話し終えると、丸子は、家長に合図を送った。
 家長がパソコンを操作する。新たな資料が映し出される。
 次の説明に移るべく、口を開きかけたとき──。
 会議室全体が大きくどよめいた。さっきのどよめきは、後方の部長たちの間だけだったが、今回は、社長はじめ役員たち全員の目が驚きに見開かれている。その視線の先にはパソコンがある。
「なんや、それは!」
 後方の席でひとりの男が立ち上がった。
 丸子は、背後のスクリーンに向かって首を捻った。そして次の瞬間、出席者たちと同じように目を見開き、そのまま固まった。
 そこに映っていたのは──。
 会議室後方のドアが、いきなり開いた。我に返ったかのように、丸子が顔を元に戻す。
「な、なんだ、お前たち」
 入ってきたのは、江梨子だった。その後ろに勝見、さらに下島が続く。
 三人は、驚きの表情を向ける出席者たちの横を通り、真っ直ぐ丸子のもとに向かってきた。丸子は、ただ唖然としながらその様子を見つめるしかない。
 丸子の横に立つと、江梨子は、後方の席で立ち上がっている人物に真っ直ぐ目を向けた。そして──、
「坂口好美さんを殺害したのはあなたですね、鈴本部長!」
 会議室中に響き渡る声でそう言った。
 丸子は、もう一度スクリーンを振り返った。
 黒いスーツに黒ネクタイの鈴本と、黒いワンピースに真珠のネックレスを身に着けた好美が、顔をくっつけるようにして笑顔で話している。建物の陰からこっそり撮影したのだろう、画面の三分の一は黒くぼやけたようになっている。
「な、なにを言っとるんや。話しているところが写ってるだけやないか」
「地蔵背負いって、ご存知ですよね?」
 勝見が口を挟んだ。
「相手の首に紐を巻いて、その紐の先を握ったまま仰向けに背負うんです。背負い投げの仰向け版みたいなもんです。一気に持ち上げると、首つり自殺をしたのと同じような感じになるみたいです」
「だから、なんや! 俺がそんなことをした証拠がどこに──」
「あなた、柔道の有段者でしょ?」
 今度は下島だ。
「そんな技を決められるのは、体格がよくて、格闘技をやってた人だけですよ」
「そんなことは、証拠には──」
「それだけでは証拠にはならないでしょうね」
 江梨子だ。
「でも、その写真はすでに警察に提出してあります。警察が本腰を入れてあなたの周辺を捜査すれば、きっと何か新しい証拠が見つかるはずです。何より、好美さんのお腹の子とあなたのDNAを調べれば、あなたたちの関係ははっきりします。言い逃れはできませんよ」
 鈴本は、あわあわと口を開け閉めしている。しかし、言葉は出てこない。
「それから、好美さんの横領を大崎部長にチクったのは、あなたですよね。好美さんが、会社の備品をネットオークションにかけていたのを、あなたは知ってたんでしょう?」
 それには答えず、鈴本は力なく椅子に腰を落とした。
「大崎部長──」
 江梨子が、鈴本の隣の席に目を向ける。
「あなた、鈴本部長が坂口好美さんと付き合ってたことを知ってたんですか?」
「し、知らん」
 慌てたように首を振る。
「鈴本部長は……、女性社員が給湯室で、坂口好美が会社の備品を横領していたんじゃないかと話をしているのをたまたま耳にして……、それを私に教えてくれて……、それで、調べてみたら、事実やったから……」
「なるほど──。鈴本部長は、女性社員の噂話として、好美さんの横領をあなたに伝えた。そして、そのおかげで、あなたは勝見クンをギロチンハウス送りにできた。あなたは、その見返りとして、失業中の自分のいとこを使って偽のヘッドハンティングを仕掛けた。そして今度は、鈴本部長が下島さんをギロチンハウス送りにした」
「ど、どこにそんな証拠が!」
 大崎は叫んだ。しかし、その声は震えている。
 また会議室がどよめいた。丸子が背後に首を捻る。
 スクリーンには、今度は、大崎が中年の男と並んで笑っている写真が映し出されていた。これが偽のヘッドハンターか。
「その方、今田いまだたかしさんていうんですよね。近親者に確認済みです。言い逃れはできませんよ」
 大崎はうつむき、両手で顔を覆った。
「それから、吉田部長」
 江梨子が、かつての上司に目を向ける。
 スクリーンには、USBメモリが大きく映し出された。
「そのUSBは、私が会議で使ったものです。部長もよく覚えてらっしゃるでしょう? 私がギロチンハウス送りになるきっかけになった会議です」
「そ、それが、なんだというんだァ」
 語尾が裏返った。吉田の顔は青ざめている。
「そのUSBには、指紋が二つ残っていました。私と、吉田部長の指紋です。でも、おかしいですよね。どうして私のUSBからあなたの指紋が出てくるんでしょう」
 江梨子が、真っ直ぐ吉田を指さす。
「それは、あなたがUSBをすり替えたからです。私を陥れるために」
 助けを求めるように、吉田は周りを見回した。しかし、仲間だったはずの鈴本と大崎は、悄然しょうぜんと肩を落としたまま動かない。他の出席者は、険しい表情で吉田を睨んでいる。
「でも、それだけじゃありません。私に嫌がらせをしたり、私のパソコンからデータを消したり……。あなた、子飼いの部下にいろいろ指示してたみたいですね。もう全部わかってるんです。観念なさい」
 吉田は力なく首を振った。しかし、その口からもう言葉は出てこない。
「青柳部長」
「は、はい!」
 いきなり名前を出され、人事部長の青柳が弾かれたように背筋を伸ばす。
「あなたが人事情報を三人に漏らしていたのはわかってます。重大な服務規程違反です」
 泣き出しそうな顔で江梨子を見ると、青柳は力なくうなだれた。
 椅子を弾き飛ばすようにして、いきなり鈴本が立ち上がった。ドアに向かってドタドタと走って行く。逃げようというのだろう。
「大丈夫です」
 鈴本の姿が会議室から消えると、ざわつく出席者に向かって江梨子は言った。
「鈴本には、すでに警察の監視がついています。本人に事情を訊くのは会議が終わるまで待ってほしいと頼んでいたのですが、こういうこともあるかと思って、刑事さんたちには会議室の前に詰めてもらっています。その場で任意同行を求められるはずです」
〈俺は何も知らん!〉
 ドアの向こうから、悲鳴のような鈴本の声が聞こえてきた。刑事に囲まれているのだろう。
「そこまでだ!」
 丸子が大声を上げた。その顔は怒りで真っ赤になっている。
「ここは重要な会議の場だ! これ以上の傍若無人な振る舞いは許さん!」
 江梨子たちに真っ直ぐ向き直る。
「用が済んだら、とっとと出て行け! 今回の件については改めて──」
「まだ用は済んでいません」
 ぴしゃりと、江梨子は言った。
「むしろ、これからが本番です」


<次回は11月2日(木)更新予定です>