装丁イメージ
【バナー】逆説の日本史 コミック版
英語版「逆説の世界史」へ
第四章|多神教文明の興亡

第1話|ギリシア文明とは何か
25 西洋文化の源流となった「ギリシア神話」とその神々(2)
【写真】連載イメージ
ヘラクレスは聖地デルフォイにアポロンの神託を求めた。神託の内容は「10の難行」を果たせというものだったが・・・・・・(写真はデルフォイ遺跡のアポロン神殿)。

【最大の英雄ヘラクレス】(承前)

ヘラクレスは、幼名を「アルケイデス」といい、前回述べたように、母アルクメネはゼウスに騙されて彼を妊娠した。しかし、本当の夫が翌日帰ってきて夫の子も妊娠したため、ヘラクレスはイフィクレス(Iphicles)という異父兄弟と共に双子としてこの世に生まれることとなった。

その出産直前、ゼウスは「今日生まれるペルセウスの子孫の中で、一番早く生まれた者がアルゴリス(Argolis ミケーネ文化の中心地)の支配者となる」と宣言した。言うまでもなく、ヘラクレスを支配者にしようとしたのである。それを知った嫉妬深いゼウスの正妻ヘラ(Hera)は、出産を司る女神に命じてヘラクレスの誕生を遅らせる一方、ペルセウスの別の子孫を早産させた。このためゼウスの意図は粉砕されてしまった。

怒ったゼウスはヘラクレスに眠っているヘラの乳を吸わせた。ヘラの乳を飲んだ者は不死となるからだ。ところが、ヘラクレスは癇の強い赤ん坊で、ヘラの乳首を噛むように吸ったので、痛みでヘラは目覚めてしまった。そして目覚めたヘラが赤ん坊を突き飛ばした時、吸いかけの乳が天界にこぼれて天の川(the Galaxy 英語)となった。この英語はもともと「乳」を表わすギリシア語「galaxias」から来ている。また、galaxyの別名をMilky Way(直訳すれば「乳の道」)というのも、この神話に基づくものだ。

今度はヘラが怒り、寝ている赤ん坊のヘラクレスを2匹の毒蛇に襲わせたが、ヘラクレスはいとも簡単に素手で毒蛇を絞め殺した。

こうしてヘラクレスは無敵の英雄として成長し、妻を迎え、3人の子を成した。しかし、その幸せは長くは続かなかった。ヘラクレスは突然狂気に襲われ、我が子らを火の中に投げ込んで殺してしまい、妻も自殺してしまったからだ。ヘラの呪いによるものだった。

自分の手で妻子を死に追いやったことに違いはない。正気に返ったヘラクレスは、贖罪のために聖地デルフォイ(Delphoi)に行き、アポロン(Apollo)の神託(お告げ)を求めた。

神託は、「ミケーネ王エウリステウス(Eurystheus)に仕え、10の難業(苦難)を果たせ」というものだった。エウリステウスは、ヘラがヘラクレスより早くこの世に誕生させたペルセウスの子孫で、へラの画策がなければ本来ヘラクレスの方が王となるはずであった。にもかかわらず、そんな男に神託は仕えることを命じたのである。

また、この時から彼はアポロンに仕える巫女たちの勧めに従い、ヘラクレスつまり「ヘラの栄光」と名乗るようになった。これはヘラの名で難業を果たすことにより、その怒りを鎮めようという意図だろう。

つまり、彼もこの時初めて自分を深く呪う者の正体をはっきりと認識したということだ。しかし、相手は神である以上、ひたすら許しを乞うしかない。ヘラクレスはエウリステウスを訪ねた。エウリステウスはヘラクレスが王座を狙ってやって来たと考え、普通の人間なら間違いなく死ぬ難業を課した。

結局、ヘラクレスはこの難業をすべて成し遂げたため、その後、これらは「ヘラクレスの12の功業(功績)」と呼ばれることになるのだが、なぜ10ではなく12に増えたかと言えば、エウリステウスがその達成に他者の力を借りたとみなした2つが「ノーカウント」とされたからである。

12の功業(功績)とは次のようなものだ(内容には異説が存在することもあるが、とりあえず代表的な見解を紹介する)。


〈その1〉ネメアのライオン退治

ネメアのライオンはあらゆる武器を跳ね返す強靱な皮膚で覆われていた怪物だった。弓矢も剣も通じない。そこでヘラクレスは棍棒で殴りつけて弱らせ、三日三晩素手で格闘し、絞め殺すことに成功した。これより後ヘラクレスはこのライオンの頭部を兜とし、皮を鎧として、棍棒を携えた姿がトレードマークとなった。


〈その2〉レルネのヒドラ退治

ヒドラは触れただけであらゆる者を死に至らしめるという猛毒を持った大蛇である。レルネの沼を住処とする、この毒蛇は9つの頭を持っていた。ヘラクレスが何度その首を切り落としても、すぐに新しい首が再生する。しかも最後の首は切り落とすことさえできない不死身の首だった。

さすがのヘラクレスも攻めあぐねたが、甥のイオラオス(双子の兄弟イフィクレスの子)が、ヘラクレスが首を切り落とすたびにヒドラの傷口を火で焼き、首の再生を防ぐという手を思いつき、実行した。これでヘラクレスは8つの首を切り落とし、最後に残った首の上に大岩を落としてヒドラを封じ込めた。

この時、戦いに集中しているヘラクレスの足を大ばさみで切り取ろうと、ヘラは蟹の化け物を送り込んだのだが、ヘラクレスはあっさり踏みつぶしたという。

以後、ヘラクレスは自分の放つ矢にヒドラの猛毒を塗ることにした。ちなみに、この蟹の化物はヘラのために戦ったということで、天上に引き上げられて「かに座」となった。

しかし、エウリステウスは、イオラオスの手を借りたという理由で、これを「ノーカウント」とした。