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第四章|多神教文明の興亡

第1話|ギリシア文明とは何か
27 世界四大文明とはまるで違うギリシア文明の特異性
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世界四大文明といわれるエジプト、メソポタミア、インダス、中国の文明をもたらしたものは炭水化物であった(写真はエジプトのギザを取材中の井沢氏)。

文明というシステムをもたらすものは一体何だろうか?

私はそれを「炭水化物」だと答えよう。特に、かつて「世界四大文明」と言われた、エジプト、メソポタミア、インド、中国は、まさに炭水化物の賜である。前にも述べたように、人間は、学問や芸術にいそしむためには、まず「食う」という欲求を完全に満たさなければならない。食うや食わずの生活では、腰を据えて、広い意味での文化の創造に取り組むことができない。

だから人類が狩猟や遊牧に頼っている間は、決して文明は発達しなかった。しかし、ナイル川や黄河のような大河のほとりでは、ムギやコメのような炭水化物を豊富に含む作物が大量に実る。

イエス・キリストは「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ。」(『新約聖書』「ヨハネによる福音書」第12章第24節/新共同訳/日本聖書協会)と言った。もちろん、これは自分の死を象徴的に述べたものだが、ムギが大地に蒔かれれば多くの実を結ぶ、ということが常識であってこそ成り立つ比喩でもある。現に、人類史上初めてのビール(麦酒)はメソポタミア文明の中で生まれた。

酒というのは文明の成熟度を測る1つの指標である。穀物つまり炭水化物が豊富に摂取できなければ文明は成立しない。食うや食わずのところで文明はあり得ない。しかし、酒ができるということは、穀物は余裕があることであり、だからこそ文明の指標となるのだ。

話は変わるが、16世紀初頭に「新大陸」アメリカをヨーロッパへ紹介したクリストファー・コロンブス(Christopher Columbus/1451〜1506年)のことはご存じだと思う。もっとも彼は死ぬまでアメリカをインドだと思い込んでいたのだが、彼と彼のクルーがタバコと梅毒以外に全世界に紹介したものにスイートポテト(サツマイモ)がある。このイモは実は天からの贈り物といっていいほどのすばらしい作物だった。

日本に薩摩という地域がある。日本本土の最南端で、気候は温暖だが、食料に乏しい。なぜなら、その中心地である鹿児島市は桜島という巨大な活火山を囲む場所にあり、今も活動を止めない桜島は、あたりに火山灰をまき散らしているからだ(もしこれを読んでいるあなたが火山学者だったら、一度は鹿児島を訪れることをお勧めする。火山と共存している町など世界でも珍しく、しかもすぐ北には阿蘇あるいは霧島という世界有数の活火山がある。鹿児島市内の公衆浴場はほとんどが温泉である)。火山灰でも肥料になるものもあるが、これは通常の作物に対しては栄養にならず、蓄積された台地は保水力がまったくない。だから、薩摩地方は南国でありながら餓死者の多い国であった。

ところが、17世紀に入ってこの薩摩地方に劇的な変化が起こった。近くの琉球王国(現在は日本国沖縄県)からスイートポテトがもたらされたのである。これ以降、薩摩地方の餓死者はゼロになり、その上、それまで酒などほとんど造れなかった薩摩地方で、焼酎という独自の酒が大量に造られるようになったのである。もちろん原材料はスイートポテトである。そしてこの作物が薩摩地方から日本各地に広がると、日本人は一般にこれを「サツマイモ」と呼ぶようになったが、日本のほとんどの栽培地域から「餓死」を減少させた。大変残念なことに、この作物の唯一の欠点は寒冷地では育たないということである。だから、もし品種改良などの農業技術で寒冷地でもできるスイートポテトを作ったら、それはさらに世界を多くの飢餓から救うことになるだろう。

ちなみに今、アメリカ合衆国では、「コロンブス・デーなど廃止してしまえ」という意見があるという。コロンブス・デーとは、コロンブスが米大陸に到達したことを記念する日で、多くの州で法定休日とされている。にもかかわらず、なぜ廃止せよという意見が出てきたのか。その理由は、彼が多くの先住民を虐殺したからだ。しかし、彼自身はまったく予期していなかっただろうが、彼がスイートポテトを世界に広めたことによって、多くの人間を飢餓から救ったことも事実だ。

こう考えたらどうだろう。コロンブス・デーを廃止してしまえば、先住民虐殺の歴史も消してしまうことになる。だからその日は、コロンブスが人類に何をもたらしたか、虐殺もしたが多くの人々も救ったという歴史的事実を踏まえて、人間という不完全な存在は歴史にどのように関わるのか、そのことをみんなで考える日にしたらいいのではないか。