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第四章|多神教文明の興亡

第1話|ギリシア文明とは何か
28 「ギリシア・ヘレニズム文明七賢人」を逆説史観で選ぶ
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古代ギリシア人の中には人類全体の文明に大きな影響を与えた天才たちがいる。中でもソクラテス、プラトン、アリストテレスは別格である(写真はアリストテレス像)。

古代ギリシア人の中にはギリシア文明そして後続するヘレニズム文明の発達に貢献し、人類全体の文明に大きな影響を与えた天才たちがいる。文字通り多士済々ではあるのだが、ここではその中から特に7人を選び、その生涯と業績を振り返り、この章を締めくくろうと思う。

ただ、それは古来から「ギリシア七賢人」として伝えられている人々ではない。この7人とは、アテネの立法者ソロン(Solon/BC640頃〜560年頃)、ミレトスの哲学者タレス(Thales/BC624頃〜546年頃)、スパルタの民選長官キロン(Chilon/生没年不詳)、プリエネの僭主ビアス(Bias)、リンドスの僭主クレオブーロス(Cleobulos)、ミティレネの僭主ピッタコス(Pittacus/BC650頃〜570年頃)、ケーンの農夫ミソンのことだが、ギリシア文明だけからの選択であり、また政治家に偏りすぎている。

そこで、「ギリシア・ヘレニズム文明七賢人」を私の独断と偏見で選ぶことにした。もちろん、ソクラテス、プラトン、アリストテレスは別格扱いである。この点をお含みおき願いたい。

1人目の賢人は謎の詩人ホメロス(Homer)である。生没年未詳だが、紀元前8世紀末頃に活躍した吟遊詩人で、西洋文学の古典中の古典の叙事詩『イリアス(Iliad)』と『オデュッセイア(Odyssey)』の作者と考えられている。

イリアスとは地名でトロヤ(Troy 現在のトロイ)のこと。つまり長きにわたった、ギリシアとトロヤとの戦争のことを題材にし、「トロヤの木馬」という奇手を考えたのがギリシア側の名将オデュッセイアである。叙事詩『イリアス』はギリシア軍総大将アガメムノン王(Agamemnon)と優秀な軍人アキレウス(Achilles)が諍いを起こし、アキレウスが戦線離脱したところから物語が始まる。また、叙事詩『オデュッセイア』は戦争終了後、彼がいかに苦心して故国へ帰ったかという物語だ。

士気の低下を憂えたアキレウスの親友パトロクロス(Patroklos)はアキレウスの鎧を身につけて出陣するが、トロヤ王プリアモス(Priamos)の王子ヘクトル(Hector)に討ち取られてしまう。そして親友の死を知ったアキレウスは戦線に復帰し、逆にヘクトルを討ち取るという、十年間に及んだトロヤ戦争の中の1エピソードが描かれている。

トロヤ戦争の全体は全部で7つの叙事詩に描かれていたようなのだが、現在はこの後のパート2にあたる『イリアス』とパート7にあたる『オデュッセイア』だけしか現存していない。しかし、あらすじは言い伝えられているので、この両作品には載っていない英雄アキレウスの最期も分かっている。アキレウスが生まれた時、母は息子を不死身の体にしようと赤ん坊の両足首を持って逆さにし、冥府の川の水に浸した。しかし、その握ったところには当然水は触れなかったため、そこを弓矢で狙われアキレウスは殺された。「アキレス腱」の語源である。

ホメロスは西洋文学の祖とも言える人物であるが、学者によっては、ホメロスは架空の人物であるとする。確かに、たまたま残った2編が2つとも同一作者であると考えるのは不合理であるという考え方も成り立つからだ。

2番目の賢人はヘシオドス(Hesiod)である。彼はホメロスと違って、やはり生没年未詳であるものの確かに実在したとされる人物だ。ホメロスと同じく紀元前8世紀に活動したと推定される。その作品として確実なものが詩集『仕事と日々(Works and Days)』であり、ここに収められた数百の詩でヘシオドスは労働こそすべての善の根源であるという、古代においては極めてユニークな思想を語っている。なぜユニークなのかはお分かりだろう。通常の古代文明圏では労働とは身分の低い人間がやるものであった。もちろんギリシア文明には奴隷が存在したから、そういう考え方とまるで無縁であったわけではない。だが、その本質はダイエット文明であるから、ギリシアでは他の文明圏では生まれなかった労働=善という考え方が生まれたのである。