『逆説の世界史』井沢元彦

第118回

2017.6.1

第五章|多神教文明の興亡U

第1話 インダス文明の盛衰

創造、破壊、維持の役割を分担するヒンドゥー教の3神

読者の頭の中はそろそろ混乱しているかもしれない。インダス文明というのは、「四大文明」と呼ばれるうちの他のエジプト文明やメソポタミア文明あるいは黄河文明とは異なる。残りの3つの文明から抽出されたパターンを使ってインダス文明を理解することは極めて難しい。いや、不可能だといって良いだろう。まったくパターンが違うからである。だからこそ、今でも文字の解読すらできない。

そして、その文明がおそらく気候の大変動によって衰弱した時、弱みにつけ込むように侵入したアーリア人たちの征服後も、土台になる文化は変わらなかった。一昔前まではインダス文明の文字が読めないことから、アーリア人たちが先住民の文化を破壊し、新たな文明を築き上げたために、文字も読めなくなり、インダス文明そのものも分からなくなったと考えられていた。

しかし、それは誤解で、前回までに述べたような最新の考古学的知見によれば、むしろ強固なインダス文明の土台の上にアーリア人たちの文化が混合したと考えた方がよさそうだ。いずれにせよ、インダス文明は極めて分かりにくいことは事実である。

例えばユダヤ教なら、古代オリエントを遊牧していたユダヤ人たちの民族宗教で、世界で初めての一神教であり、ユダヤ民族全体の先祖であるアブラハム(Abraham)が唯一の神ヤハウェ(Yahweh)によって選ばれ、「約束の地」を与えられることとなった。そして、その約束は後の預言者モーセ(Moses)によってエジプト脱出(「出エジプト」)が行なわれることによって完全なものとなった。しかし、その「約束の地」古代イスラエル王国をローマ帝国が滅ぼしたために、その信者は近代まで世界中に四散していた、などとその歴史を要約できる。

それがキリスト教なら、まさに紀元1世紀前半、ユダヤ人社会に降臨したイエスを、すべての人類の罪を救済するために犠牲となって死んだ後に復活した神と捉え、それまでのユダヤ民族と神との契約を古い契約(旧約)とし、イエスによって新しい契約(新約)が全人類との間に結ばれたとする、などと歴史を要約できる。

イスラム教なら、7世紀の初め、アラビア人の預言者ムハンマド(Muhammad/570頃〜632年)が唯一の神アッラー(Allah)から啓示を授かることによって始まった宗教で、その後、スンニー派(Sunni)とシーア派(Shiʻa)に分裂した、等々これもその宗教の歴史を要約できる。

また、ヒンドゥー教と同じインダス文明圏に発生した仏教ですら、紀元前5世紀頃、釈迦ことゴータマ・シッダルダによって始められた、自らの修行で解脱を目指すのが特色の宗教である、などと言える。

ガンジス川のダシャーシュワメード・ガートで行われるヒンドゥー教の礼拝(ブージャー)

しかし、ヒンドゥー教に関しては、こうした言い方がまったくできない。いつ、どんな形で誰が始めたのか? 草創期における他教のモーセやムハンマドのような、宗勢を拡大することに貢献した聖者の名前も伝わっていない。エジプト脱出や教派の分裂のような大事件もない。

だから、後世インドの地を長らく植民地支配し、そのためにヒンドゥー教の理解に全力を注いだはずのイギリスが、世界に誇る百科事典『ブリタニカ』でも次のように述べている。

ヒンドゥー教(Hinduism)
インド古来の民俗的な宗教を総括して西欧人が名づけたもので、明確な体系をもつ一宗教というよりはむしろ、儀軌、制度、風習の一切に対していう。(中略)その特色はブラフマー、シバ、ビシュヌを最高実在原理とする「三神一体」の教理の確立などであり、クリシュナ、ラーマたち英雄をビシュヌの権化として解釈するなどにみられるように、信仰対象の合同化はインド的思考の目立った性格である。(以下略)
(『ブリタニカ国際大百科事典 小項目版 2016』)

引用しておきながら失礼な言い方になるが、「よく分からない」というのが読後の率直な感想ではあるまいか。

インドで「サンサーラ」と呼ばれる輪廻転生という考え方

では、ヒンドゥー教の母体となったといわれるバラモン教とは何だったか? 前回の最後で少し述べたが、改めてこの『ブリタニカ』を見ると、次のように書かれてある。

バラモン教(Brahmanism)
インド古代の宗教。バラモンが司祭し指導したためヨーロッパ人が便宜的につけた名称。仏教興起以前のヒンドゥー教をいい、そのうちの最古の段階を「ベーダの宗教」ということもある。アーリア人がインダス川上流地方に侵入し、先住民を征服してこの地方に定住、発展する間に次第に形成された信仰。彼らは自然現象を神々として畏敬し、供犠によって神を祭ることで災厄を免れ、幸福がもたらされると信じた。この祭りを司るバラモンが最高の階級で、王族(クシャトリヤ)を第2、農工商人(バイシャ)を第3、被征服民の奴隷(シュードラ)を最下位とするカーストをつくり上げた。やがてガンジス川上・中流へ広がっていく間に、この祭祀中心主義への反省批判が起り、自然現象の背後にあって現象を動かす原理としての梵(ブラフマン)と、自己の内奥にある純粋無垢の我(アートマン)とが融合する梵我一如の境地を追求する思想が出現。(中略)一般の人々に対しては現象を動かす原理である梵を神とし、この神ブラフマーを唯一最高神とする信仰を説くこととなり、このような最高神として、ほかにシバ神やビシュヌ神崇拝が出現しのちのヒンドゥー教となった。
(『ブリタニカ国際大百科事典 小項目版 2016』※太字は引用者が変換)
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こちらはかなり分かりやすい説明である。前回の最後に述べた解説と合わせ読んでいただければ、もやもやとしたイメージがかなり明確になってくるのではないかと思うが、ヒンドゥー教について箇条書きでまとめておくと、次のようになろうか。

① ヒンドゥー教あるいはそれに先行したバラモン教という言葉自体、キリスト教やイスラム教の信徒が自ら信じている宗教をそう呼んでいるのとはまったく違い、欧米の学者が便宜上名付けたものであること。

② 征服者アーリア人が被征服者(先住民)を奴隷階級に落とすための思想的根拠とした、カースト制を社会制度の基本とする。

③ 当初は複数の神々への祭祀を根本とする宗教であったが、そのうちに「(自然)現象を動かす原理である梵を神とし、この神ブラフマーを唯一最高神とする信仰を説くこと」になった。つまり多神教から一神教へ変貌を遂げた。

①についてはもうお分かりだろう。インダス文明やヒンドゥー教については、こういう見方をすべきだということだ。

②については、この項目を理解するのに必要な宗教的前提がある。それは輪廻転生という考え方、いわゆる生まれ変わりの思想である。人間の肉体が滅んでも霊魂は不滅で、その霊魂は別の生物の肉体に宿って再びこの世に生まれ変わるという考え方である。

つまり、人間は(正確には霊魂は)永遠に不滅ということにもなる。これをインドでは「サンサーラ(samsara)」と呼び、インダス文明の当初からあった考え方なのか、それともアーリア人が持ち込んだ考え方なのか、という点については確定していないが、その影響力の強さから見て、インダス文明の当初から基本的な宗教概念として信仰されてきたことのようだ。

この輪廻転生信仰は、バラモン教やヒンドゥー教、それに対抗する形で生まれた仏教やジャイナ教(Jainism)など、インドで生まれた宗教すべてに共通する考え方である。

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