『逆説の世界史』井沢元彦

第119回

2017.6.15

第五章|多神教文明の興亡U

第1話 インダス文明の盛衰

古代インド人が願っていた「輪廻転生」からの脱出

インドには歴史がない、と言う人もいる。それは決して侮辱しているのではなく、事実を語っているのだ。何年何月に何が起こったという年表は少なくとも古代史においてはない。歴史を直線的に前に進むものではなく、まさに輪廻転生における人間の生涯のように何度も繰り返すと考えるからかもしれない。

年号にこだわらないから日付にもこだわらない。祭りの期間は決まっているが、記念日は独立記念日のような近代のものであることが多い。それに、そもそもインダス文明については、いつ頃滅んだかというようなこともよく分からないのは、これまで述べた通りだ。

しかし、アーリア人がこの地に侵入し、先住民のドラビダ族を征服してから、少し歴史は前に進むようになった。先住民の信仰の中にも存在したのか、征服者アーリア人が新しく持ち込んだ信仰であったのかは、いまひとつ判然としないが、輪廻転生とそれに基づくヴァルナの思想が、バラモン教という名で集約される宗教を生んだ。

ヴァルナ(varna)とは「色」で、征服者の白人と被征服者の有色人種を差別する言葉であった。後に、これが人間を4つの身分、すなわち、バラモン(司祭者 Brahman)、クシャトリヤ(貴族、武士 Kshatriya)、バイシャ(庶民 Vaisya)、シュードラ(隷属民 Shudra)に分けるカースト制度の思想基盤となった。

そのバラモン教(と呼ばれるもの)の根本聖典が『ベーダ(Veda)』であり、それは後にヒンドゥー教(と呼ばれるもの)にも継承された。

『ベーダ』は紀元前1500年頃から数世紀にわたって集積された、当初の形態は口承、つまり口伝によるもので、書物の形は取っていなかった。書物にまとめられたのは、ずっと後のことだ。基本的には、説話もあるが、神々の祭祀に用いる文言(賛歌や呪言)が多い。

『ベーダ』には「リグ(Rig)」、「サーマ(Sama)」、「ヤジュル(Yajur)」、「アタルバ(Atharva)」の4種類の区別がある。それぞれの根幹の部分を「本集(サンヒター Samhita)」といい、通常、『ベーダ』と言えばこの部分を指す。

また、「本集」に付随する文献として、「ブラーフマナ(Brahmanas)」、「アーラニヤカ(Aranyaka)」、「ウパニシャッド(Upanishads)」等がある。

『ベーダ』の中でも『リグ・ベーダ(Rig-Veda)』が最も有名だ。サンスクリットの原型であるベーダ語で書かれており、全10巻で一千を超える神々への賛歌からなる。この4つのベーダのうち最も尊重されるのが『リグ・ベーダ』で、リグとは、神々への賛歌を意味する。その「本集」が最も尊重され、後にこれはバラモン教の聖典になった。もともとは古代インド人が、嵐や雷そして晴天などのあらゆる自然現象を司る神へ捧げた賛歌であり、断片的ながら天地創造に関わる伝承などもあり、これらを通して古代インドの思想・習慣・歴史などを読み取ることができる。

熱心なヒンドゥー教の信者たちは毎日ガンジス川で沐浴をする

ただし、ユダヤ教の聖書『タナハ(旧約聖書)』との際立った違いは、『タナハ』は時間が前に進むものとして年代誌的に描かれるのに、『リグ・ベーダ』にはそういう配慮がまったくないということである。

『タナハ』と言えばノアの方舟の説話が有名だが、この『リグ・ベーダ』にも神々の怒りで大洪水が起こり、人類の始祖とされるマヌだけが辛うじて生き残ったという説話がある。しかし、マヌを救うのは方舟ならぬ巨大な魚(神の化身)であった。年代的には『タナハ』と『リグ・ベーダ』のどちらが古いかは確定できず、従って、どちらがどちらに影響を与えたのか、それとも双方とも独立していたのか、それも分からない。

こうした『ベーダ』に示された思想の中から、それを整理した形でバラモン教が生まれ、ヒンドゥー教に発展したわけだが、ここで注目すべきは、その精髄とも言えるウパニシャッド哲学であろう。

ウパニシャッドとは、サンスクリット語で「近くに座る」という意味だという。つまり、声高に演説するのではなく、師匠が弟子と額をすり合わせるようにして伝えた奥義ということだ。

ヒンドゥー教の思想史に登場する2人の哲学者

そして『リグ・ベーダ』の思想がウパニシャッドという形で整理純化される過程で、初めて人間の哲学者の名前が出てくる。彼らは「リシ(Rishi)」と呼ばれた。中国ではこれを「仙人」と訳したが、この言葉は中国の民族宗教である道教の聖者にも使われるので、最近日本でリシは「聖賢」などと訳される。

道教の仙人は、俗世を離れて高山などに住み、何百年もの長寿を楽しむ穏やかな存在だが、インド神話においては、山林などで苦行を積んだ行者であり、その結果として神通力を得て、場合によっては怒りを爆発させる畏怖の対象でもある。日本における役行者のイメージに近い。

代表的なリシには「七聖賢」と呼ばれる7人がおり、その名については諸説あり、一般にはアンギラス(Angiras)、プラハ、リトゥなどが知られている。彼らは人間といっても、むしろ人間離れした神々に近い存在である。

しかし、その後には哲人ともいうべき人々が思想史の中に登場する。まずは紀元前8世紀のウッダーラカ・アールニ(Uddalaka Aruni/生没年不詳)である。

その思想は「太初、宇宙は〈有 sat〉のみであったが、〈有〉は火・水・食物を創造し、その3者の中にアートマン(自我)として入りこみ、3者を混合して名称nāmaと形態rūpa(現象界)を開展したという。人が死ねば、この逆をたどって〈有〉に帰入する」(『世界大百科事典』平凡社刊 「ウッダーラカ・アールニ」項目執筆者 宮元啓一)というものだ。要するに、「有」こそすべてであり、それ故、彼の言葉「おまえはそれ(有)である」が、おそらく人類史上初の存在に関する哲学的名言として今に伝えられているのだ。

その弟子とされているのがヤージュニャヴァルキヤ(Yajnavalkya/生没年不詳)であり、彼は「師」とされるウッダーラカ・アールニの思想を発展させた。

アートマン(自我 Atman)の本質は何か、についてである。

例えば、ある人が路傍の花を見たとしよう。この場合、花は認識された客体(自分ではないもの)であり、それを認識したのは自分すなわちアートマンである。アートマンとは自我のことだからだ。

では、そのアートマンを、自分は路傍の花を見るように見られるだろうか、認識できるだろうか? いま初めて気がついた人もいるだろうが、人間は自分自身を、他のものを見るように見ることはできない。鏡や、自分を撮影したビデオ映像を見たとしても、それは一種の幻影であり、本体ではない。その状態を、ヤージュニャヴァルキヤは「ネーティ、ネーティ(neti neti)」と表現した。日本語では「非(あら)ず、非ず」などと訳される。アートマンは人間にとって「捉えることが不可能」な存在であるということである。

ヤージュニャヴァルキヤ自身の表現で言えば、「おまえは見るという作用の主体である『見る者(=自己)』を見ることはできない」ということだ。つまり、認識の主体であるアートマン(=自己)は認識できないものである。

もしアートマンを「〜である」と表現したら、それは本来認識できないものを認識したと錯覚したことになるし、その瞬間、「認識の主体」であるはずのアートマンが客体つまり「認識されたもの」になってしまい、それを「〜である」と認識した主体は一体何なのかという新しい問いが生まれる。

結局、合わせ鏡の映像が永遠に続いていくように、この問いは続く。捉えられないものを捉えようとしたからだ。だからこそ、アートマンとは何かと訊かれたら「〜ではなく、〜ではない(もの)」と答えるしかないのである。

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