『逆説の世界史』井沢元彦

第125回

2017.10.2

第五章|多神教文明の興亡Ⅱ

第1話 インダス文明の盛衰

10一神教的宗教戦争もあった「日本仏教」発展史

「シルクロードの終着駅」日本で、仏教僧で浄土真宗の開祖親鸞(1173~1262年)は「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」(『歎異抄(たんにしょう)』第3章)と言った。現代語で言えば「善人ですら極楽往生できるのだから、悪人は必ず極楽往生できる」ということになる。

前回述べたように、極楽往生というのは、人間が死後に阿弥陀如来の導きによって、その支配する極楽という名の浄土(仏の支配する理想世界)に生まれ変わることである。そこに生まれ変われば、二度と輪廻転生の流れに飲み込まれることなく、阿弥陀如来という優れた師の指導を受けられるわけだから、『妙法蓮華経(法華経)』が保証しているように、人間は必ず悟りを開いて仏陀となれるわけだ。仏と成る、そのことを「成仏する」という。

すなわち(極楽)往生さえできれば、成仏は確定的であるとも言える。従って、この言葉を分かりやすく言い直すと、「善人でも仏と成れるのだから、悪人は必ずなれる」ということになる。まさに逆説である。普通ならば「悪人ですら成仏することがあるのだから、善人は必ず成仏できる」という言い方になるはずだろう。

親鸞はなぜ逆を言ったのか。

奇をてらったのではない。ここで言う「善人」とは、阿弥陀如来の力(これを「他力(たりき)」と呼ぶ)に頼らず、釈迦が出家して悟りの道を求めたように、俗世の縁を絶って厳しい修行生活に入った人々のことを呼ぶ。上座部仏教の信者のように、自力で修行し善行を積み、仏と成ることを目指す人々のことである。その姿を象徴的に表現した仏像(石造群)が五百羅漢である。

それは大変立派なことではあるが、修行による悟りへの道は天才の道であり、作家司馬遼太郎が喝破したように、凡人どころか相当優秀な人間でも極めて困難な道のりである。成功率はまさに「何億分の1」以下である。

しかも優秀な男子が出家して子孫を残さなくなるわけだから、民族や国家の劣化にもつながる。このことは仏教の社会学的影響として極めて重要なので心に留めていただきたい。

大乗仏教にはこの点を改良しようという意図もこめられていた。つまり、出家至上主義の否定である。

このような流れの中で、親鸞は「悪人」つまり「自分は善人ではない」と自覚している人々は次のように考えるはずだ、と見たのである。

善人ですら自力で修行して仏と成るのは難しいのに、自分たち悪人にはそんなことができるはずがない、絶対不可能である。その方法では絶対不可能であるのだから、「悪人」は必ず、それ以外の方法を探すはずだ。それ以外の方法とは、他力すなわち阿弥陀如来の本願を信じ、それに頼って仏と成る道を選ぶしかない。

極楽往生に関して、阿弥陀如来は何と言っているか? 自分を念仏する者は必ず往生させてやると保証しているのである。この保証は如来の誓願(本願)であるから絶対的なものだ。

最初からこれを信じ、つまり他力本願で極楽往生を目指すならば、結果的に必ず人間は成仏できるということになる。「悪人」は最初から阿弥陀如来の本願を頼り、その本願は必ず履行されるから、「何億分の1」の確率でしか成仏できない「善人」に比べて、「悪人」は必ず成仏できることになる。

従って「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」という言い方が成立するのである。だが、この方法は仏教の開祖釈迦の目指した道、つまり俗世を捨てて出家し修行するという方法の徹底的な否定にもなる。

親鸞の師である法然(ほうねん)がこの境地に達したのは(この言葉自体、法然の言葉であるという説もある)老年になってからだった。それまで法然は自力修行の道を目指していた。だから当然出家主義で、結婚もしなかったし、子供もいない。しかし、自力修行を改め、他力本願の道を徹底するなら、人間に出家在家の区別はない。阿弥陀如来という偉大な仏の前では、すべての人間は平等である。それ故、僧侶が「結婚しない」という戒律を守る必要はないことになる。

日本仏教では、在家信者の死後に「戒名」というものを授ける。昔は本名ではなく、それが墓碑銘として刻まれた。男性なら「居士」、女性なら「大姉」などという、完全に仏弟子になったことを示す称号をつける。なぜ、そうするかと言えば、死後に完全に仏弟子となったことにより、厳しい戒律を授かったと解釈するからである。

西本願寺(京都府)
親鸞の創始した本願寺はなぜ武装戦闘集団となったのか

阿弥陀如来の信者にとって、戒律は必要ない。戒律とは、本来は出家の守るルールであるからだ。そこで親鸞の開創した浄土真宗では、死後信者に授ける名前を、戒名ではなく「法名」と呼ぶ。戒名の場合は、生前の身分によって「大居士」などがつけられることもあるが、法名はすべて平等である。

そして親鸞は、私の知る限り、世界仏教史上初めて公式に妻を娶(めと)り子を成した。聖職者の妻帯が禁じられている世界の様々な宗教でも「隠し妻」「隠し子」はいたし、日本仏教もその例外ではないのだが、親鸞はまさに教義の変更を行ない、自分だけでなく、同門の僧侶すべてにも結婚を認め、奨励した。かくして、親鸞の創建した浄土真宗の総本山「本願寺」も、親鸞の直系子孫によって世襲され、現在に至っている。

それにしても、親鸞の浄土真宗(以下、真宗と略す)を仏教と呼んでもいいのか、戸惑う人々は昔もいたし、今もいる。

タイ、ミャンマーといった東南アジアの国々では、中国、朝鮮半島、日本の大乗仏教とは違ったルートで上座部仏教が伝わった。当然ながら、これらの国々では僧侶がセックスすること自体重大な戒律違反であり、僧侶の資格を奪われることすらある。そうした国々の人々は、現代の日本では真宗に限らず、すべての仏教宗派で僧侶の妻帯が認められていることを初めて知って驚く人も少なくない。現代の日本ではそうなのである。

もちろん、当初からそうだったのではない。12世紀末、親鸞が仏教史上初めて公然と妻帯に踏み切った時は、他宗派は親鸞を破戒僧として激しく非難したし、天皇を頂点とする朝廷(政府)は親鸞を邪教の徒として流刑に処した。しかし、親鸞はそうした逆境においても自己の信念を曲げずに布教につとめた。

元来、大乗仏教の教えは、「すべての人間は成仏できる」ことを保証している。しかも、そう考えるが故に、「出家しなくとも在家で充分に悟りの道に至れる」という考えも示されている。

前者は既に述べたように、『妙法蓮華経』に、後者は在家信者の維摩居士(ゆいまこじVimalakirti ヴィマラキールティ)が在家の身であるにもかかわらず、釈迦の一番弟子で「知恵第一」の文殊菩薩(もんじゅぼさつ)をやりこめるという筋の『維摩経(ゆいまぎょう)』に語られている。『維摩経』も『法華経』に勝るとも劣らないほど重要な経典と考えられていた。

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