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第四章|多神教文明の興亡

「母なる川」ガンジスで最期を迎えるヒンドゥー教徒

通常の世界史でギリシア文明の盛衰編の次にくるのはローマ興亡史であろう。

しかし、この「逆説の世界史」ではインダス文明を先に紹介しておきたい。時系列的にもインダス文明の方が先であるし、多神教の世界としてまとまりもつくからだ。

私はこれまでインドに行った経験はなかった。厳密に言えば、仏教の開祖釈迦(ブッダ、本名はゴータマ・シッダッタ BudhaまたはGotama Siddhattha/BC463〜387年〈BC463〜383年、BC565〜485年説もある〉)の生まれたネパール国ルンビニー(Lumbini)を訪ねた時、インドに一時入国したことはあるのだが、本格的な訪問はまだない。

そこで今回インダス文明を著述するにあたり、インドに取材することにした。特別編として、インド訪問記をお伝えする。

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ヒンドゥー文化の「母なる川」ガンジス。第一の聖地ワーナラシーの旧市街は、寺院や火葬場、簡易宿泊所などが密集しているが、反対岸は何もない白い砂浜。なんとも不思議な光景だ。

残念ながらモヘンジョ・ダーロ(Mohenjo-Daro)など、初期インダス文明の石造遺跡を巡ることはできなかったが、その後主流となったヒンドゥー文化の「母なる川」ガンジス(the Ganges)を訪問できたのは幸いだった。

ヒンドゥー教には墓地というものがないことをご存じだろうか? ヒンドゥー教徒は死ぬと火葬にふされ、その遺骨は散骨の形で主に川に流されるから、マハトマ・ガンディー(Mohandas Karamchand Gandhi/1869〜1948年)のような偉大な人物でも墓はなく、ただ火葬跡があるばかりだ。

なぜ、ヒンドゥー教徒が遺体にこだわらないかと言えば、輪廻転生を信じているからだ。つまり、人間は死んでも魂は不滅で、次の世代として新しい肉体を得て甦る、生まれ変わるということだ。魂が抜けた後の肉体は「抜け殻」に過ぎない、だからその保存にこだわらないのである。

火葬された後は散骨される。散骨場所は基本的にはどこでもいいのだが、最も良いのがインドの中央を流れるガンジス川である。川自体が女神ガンガー(Ganga)であり、この「母なる川」ガンジスに散骨された人間は、もはや輪廻転生という「苦しみ」を味わうことなく「天国」に行けるからだ。川の水は聖水とされている。

全長2510キロメートルに及ぶガンジス川だが、私が訪れたのは、ガンジス河畔の第一の聖地とされているバラナシ(Varanasi)、より現地発音に即して言えば「ワーラーナシ」であった。日本人には「ベナレス」として知られている町である。

インドがイギリスの植民地であった頃、イギリス人は伝来のインドの地名を英語風に発音していた。その代表的な地名がボンベイ(Bombay)で、現在は、現地語のムンバイ(Mumbai)と呼ばれている。

この河畔の町は英語ではバラナシならぬベナリーズであった。ところが、それを日本人の誰かが、字面のローマ字風に読んだのか、「ベナレス」とされ、定着してしまったのだ。だからこれからは「ワーラーナシ」と覚えていただきたい。

【写真】連載イメージ
ワーラーナシには約80以上のガート(沐浴場)があり、熱心なヒンドゥー教の信者たちが沐浴をしている。周辺には死期の近い人が過ごす場所もあり、すぐに火葬できるように、薪が積み上げられている。

この町がガンジス川を人生終焉の地に選んだ人々に人気があるのは、片側の岸が広く平らであるため、沐浴場(ガート ghat)が多く設けられていることだ。そればかりではない。いよいよ命が尽きてきたら最期までの時間を心安らかに過ごす場所もある。そして命が尽きたらすぐに火葬してくれる。そのための薪があちこちに積み上げられている。

残念ながら火葬場は写真撮影が禁じられているので、その風景はご覧いただけないが、遺灰が流されているすぐ横で、巡礼者が腰まで川の水に浸かり、頭や顔を水で清めているところはなかなか衝撃的でもある。

私は夜明け前に火葬場横の船着場ダシャーシュワメード・ガート(Dashashwamedh Ghat)から小舟でガンジス川に出た。インドとはいえ冬は寒い。特に夜明け前の川面から吹く風はコートがないと耐えられないほど冷たい。

この町では、ガンジス川西岸に火葬場や寺院や簡易宿泊所が集中しており、反対岸は何もない白い砂浜になっている。なんとも不思議な光景だ。岸の片側に建物が密集し、その背後に喧噪の街がある。ところが、その反対側の岸には何もない。まさに此岸(この世)と彼岸(あの世)が見えるようだ。

そのうち太陽が昇ってきた。夜明けと共に多くの信者が沐浴を始める。その光景を見つつ、私は船縁から手を伸ばし、ガンジスの水を手ですくってみた。思いのほかと言えば失礼になるかもしれないが、透き通ったきれいな水であった。

「上流では天然のハーブにあたる成分が川に溶け込むような森林構造になっていて、この水は瓶に入れておいても腐りません」

とガイドは笑った。彼自身もヒンドゥー教の信者で、ここへ来るたびに沐浴をすると言う。

復活と永遠の命を信じるが故に、遺体の保存にこだわる人々がいて、一方で遺体は単なる抜け殻であると考える人たちがいる。しかし、彼らヒンドゥー教徒も生命が永遠であることは信じている。輪廻転生するにせよ、ガンジスの水に清められて輪廻からはずれるにせよ、生命は滅びないからだ。

その点は基本的に同じなのに、それから先はまったくと言っていいほど違っている。人類の文化の多様性ということだろうか。

しばらくガンジス川を遡り、小舟は船着場に着いた。ワーラーナシの町は少し坂を登った高台にある。そこは現世そのもの、まさに現代のインドである。道は綺麗とは言えない。あちこちに牛の糞が放置されているからだ。ヒンドゥー教徒は神の使いである牛を神聖視し、好きなように振る舞わせている。もちろん牛肉などは決して食べない。道路にはゴミが所構わず捨ててあるし、とにかく人の数が多い。町は静寂とは無縁の地である。




ギリシャ神話の最高神を祀るゼウス神殿からアクロポリスの丘を望む。ゼウス神殿はAD2世紀に完成したが、104本あったコリント式の柱は15本しか現存していない。
鍛冶を司る神を祀るヘファイストス神殿。BC440〜450年頃、古代アテネの中心地である古代アゴラに建造されたが、同時期のパルテノン神殿より原形を多く残している。

ギリシャ神話の海を司る神ポセイドン像。アテネにある国立考古学博物館には、先史時代から後期ローマ時代までの出土品が年代ごとに56の部屋に展示されている。

オリンピック発祥地のオリンピア遺跡。BC4世紀半ばに造られたこのアーケードは、古代オリンピック発祥地のオリンピア競技が行われたスタジアムへの入場門。

ギリシャ中部のメテオラの修道院では、ギリシャ正教の修道士たちが今も共同生活を営む。写真は565mの奇岩に建つアギアトリアーダ修道院。007シリーズにも登場。

ギリシャ北東部に位置するオリンポス山は9つの峰を含む連山である。2番目に高い「ステファニ」(標高2910m)に最高神ゼウスが住んでいたと伝えられる。
ギリシャ北部の大都市テッサロニキの西にあるペラ遺跡。BC356年にこの地で誕生したマケドニア王国のアレクサンドロス大王は、東方に遠征しペルシャを滅ぼし、大帝国を築いた。