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第四章|多神教文明の興亡

二千年以上前にブッダが教えを説いた山頂で
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インドのビハール州ラージギルにある竹林精舎跡。BC6世紀頃、マガダ王国のビンビサーラ王はブッダの教えを聞き、仏教に帰依したという。

インド、ビハール(Bihar)州のラージギル(Rajgir)にやって来た。

この地は紀元前4世紀、マガダ(Magadha)王国の首都だった場所である。釈迦つまり実在の人物とされているゴータマ・シッダッタ(以下、「ブッダ」とする)も、このマガダ王国を拠点に活動してきた。

マガダ国王ビンビサーラ(Bimbisāra/BC558頃〜491年頃/在位BC543頃〜491年頃)とブッダの交流は有名である。ビンビサーラはブッダの教えを聞き、仏教に帰依した。王の築いた王舎城(ラージャグリハ Rājagṛṇha)の近くに迦蘭陀(カランダ)長者が所有していた竹林は、ブッダに精舎つまり修行の場として寄進された。この竹林精舎(Veṇuvana-kalandaka-nivāpa ベーヌバナ・カランダカ・ニバーバ)もここにある。ちなみに『平家物語』に「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響き有り」とあるが、あれは、古代インドのコーサラ国(Kosala)の舎衛城にあった寺院のことで、いずれもブッダが説法したことで有名である。

このラージギルには日本人も「鷲の山(霊鷲山/Gṛdhrakūṭa グリドラクータ)」として親しんだ山がある。

私は夜明け前に麓のホテルを出発し、車で10分ほどの登山口の駐車場に車を駐め、まだ明けきらぬ山道を30分ほど登った。そのなだらかな山道が途中で急勾配になり、その先にはなんとブッダが長年留まり説法した場所が今も残されていた。山々に囲まれた場所で、日本画の風景のように遠くの山々は靄のようなもので霞んで見える。

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夜明け前に登山口から山道を登ること30分。霊鷲山の山頂には晩年のブッダが説法したと言われる聖地があった。黄金色の仏像が極彩色の旗などで飾られていた。

ブッダが鎮座していたという山頂近くの平たい岩場には、黄金色の仏像が極彩色の旗などで飾られていた。その手前の入り口のところにある大岩が鷲の形をしているのが霊鷲山の名の由来らしいが、二千年以上前にブッダが教えを説いた場所が今もそのまま残されていることに、深く感動した。

ところで、日本最初の70ミリ映画『釈迦』(1961年公開)をご存じだろうか? 当時の大映制作で、主演は本郷功次郎。文字通り、釈迦族の王子であったゴータマ・シッダッタが試行錯誤の末に悟りを開いてブッダになるのだが、映画の後半の舞台はこのマガダ国で、仏教に帰依したビンビサーラ王と王妃(=先代の市川壽海と新劇の名優杉村春子)と王子アジャータシャトル(Ajātaśatru 後の阿闍世王=川口浩)の確執が描かれている。

王子はブッダの従兄弟でありながら、仏教の迫害者でもあったダイバ・ダッタ(提婆達多=勝新太郎)に騙されて、父親を「七重の牢獄」に幽閉してしまうのである。七重の壁で囲まれ、7つの扉を通らないと牢獄までたどり着けない。息子は父をここに閉じ込めて餓死させようとしたのである。

この話は有名なのだが、その牢獄の遺跡が今も残されているとは知らなかった。もちろんほとんどは土の中に埋まり、ほんのわずかの部分が頭を出しているだけなのだが。ここも二千年以上前の遺跡だ。この地を訪ねようという方は、この映画のDVDを観てマガダ国の映像を目に焼き付けて行くといい。

次は同じビハール州のナーランダー(Nālandā)である。ここにはブッダ在世当時の遺跡ではなく、紀元後の5世紀、世界最大の仏教大学があった。ナーランダー大学だ。この大学は世界最古の大学のうちの1つでもある。日本人にとっては極めて馴染み深い玄奘三蔵が、はるばる唐(中国)からやって来て、仏教を学んだ場所でもある。「世界一の翻訳王」とも言える玄奘(Xuanzang/602〜664年)は『大唐西域記(「西遊記」)』の三蔵法師(仏教の3つの分野の経、律、論に精通した僧侶を「三蔵」と呼ぶ)のモデルとしてもお馴染みだが、もちろん実在の人物である。6世紀中頃に、仏教が完全な形で中国に伝わっていないのを嘆き、単独でインドに行って学ぶことを思い立った。

実は玄奘の時代、唐では国を出ることは違法行為であった。つまり、彼は処罰も覚悟で1人国を出て、長い長い旅路についたのである。あいにくと、孫悟空も沙悟浄もいなかった。1人でシルクロードを踏破するのは、どれほど大変なことであったか。我々は、三蔵というと、ついひ弱なインテリを想像するのだが、水もろくになく、衛生環境が劣悪で、酷暑酷寒の砂漠地帯や沼沢地帯を1人で踏破するということは、稀に見る体力の持ち主でなければ無理だ。玄奘は「西遊記」のイメージとは大違いで、筋骨たくましく、真っ黒に日焼けした人間だったに違いない。

そして彼は語学の天才でもあった。サンスクリット語を完全にマスターし、母国に帰ってからは千巻以上もの経典を中国語に翻訳した。「世界一の翻訳王」と言われる所以である。例えば日本で最も親しまれ、写経の材料にもよく選ばれる『般若心経』は玄奘の翻訳である。




ギリシャ神話の最高神を祀るゼウス神殿からアクロポリスの丘を望む。ゼウス神殿はAD2世紀に完成したが、104本あったコリント式の柱は15本しか現存していない。
鍛冶を司る神を祀るヘファイストス神殿。BC440〜450年頃、古代アテネの中心地である古代アゴラに建造されたが、同時期のパルテノン神殿より原形を多く残している。

ギリシャ神話の海を司る神ポセイドン像。アテネにある国立考古学博物館には、先史時代から後期ローマ時代までの出土品が年代ごとに56の部屋に展示されている。

オリンピック発祥地のオリンピア遺跡。BC4世紀半ばに造られたこのアーケードは、古代オリンピック発祥地のオリンピア競技が行われたスタジアムへの入場門。

ギリシャ中部のメテオラの修道院では、ギリシャ正教の修道士たちが今も共同生活を営む。写真は565mの奇岩に建つアギアトリアーダ修道院。007シリーズにも登場。

ギリシャ北東部に位置するオリンポス山は9つの峰を含む連山である。2番目に高い「ステファニ」(標高2910m)に最高神ゼウスが住んでいたと伝えられる。
ギリシャ北部の大都市テッサロニキの西にあるペラ遺跡。BC356年にこの地で誕生したマケドニア王国のアレクサンドロス大王は、東方に遠征しペルシャを滅ぼし、大帝国を築いた。