はじめに

 平成二十五年、伊勢神宮で神さまがおうつりになりました。
 遷御せんぎょ の夜、灯りがすべて消されると神域は、清らかな「 浄闇じょうあん 」 にすっぽりと包まれたのです。儀式が終わってからも、目の前で行われたはずであるのに、私はどこか千三百年前の幻影を見ていたような既視感にとらわれていました。
 風が吹いたという人もいたし、神さまはやはりいらっしゃると感じた人もいました。あの場にいた誰もが高揚していたように思います。
 私にとっては、平成五年に続いて二回目の遷宮せんぐうにあたりました。今回は八年前(平成十七年)から始まった遷宮諸祭しょさいを取材し、長期にわたり連載を書き続けていましたが、実際に遷御の儀を目の当たりにすると、まだまだ遷宮はわからないことが多く、深遠なものだと痛感したのです。
 かつてないほどの衆目を集めた第六十二回式年しきねん遷宮が、内宮ないくう外宮げくう、そして十四の別宮べつぐうで終えられたのは遷御の儀から一年半後、同二十七年三月。幾分、落ち着いた神域に参れば、鳥居も橋も御垣みかきも、そして摂社せっしゃ末社まっしゃも新しくなり、檜の白い木肌もみずみずしく輝いています。もう遷宮は終わってしまったのかというと、そういうわけではなく、内宮、外宮から離れた地に建つ神社も建て替えや修繕が行われ、人目に触れることなく粛々と遷座せんざがなされているのです。
 伊勢神宮は一社をさすのではなく、百二十五を数える神社の総称です。その内訳は、
 正宮しょうぐう(内宮、外宮) 二
 別宮 十四
 摂社 四十三
 末社 二十四
 所管社しょかんしゃ 四十二
 これらの神社が、伊勢市を中心に鳥羽市、志摩市、松阪市、度会わたらい郡、多気たき郡の四市二郡、伊勢志摩地域に点在します。
 こうした神社群の 御祭神ごさいじんは、じつにさまざま。風、川、海などの自然神から、橋や神域を守る神、土地の神など多様で、自然のあらゆるものに神がいらっしゃるとする日本人の八百万やおよろず神の信仰を実感できます。それは、この地域全体をさまざまな神々で守っているようにも思います。
 いつから、こうしたたくさんの神社ができたのでしょうか。創建の由緒は三つに大きく分けられます。
 まず、内宮は今から二千年前、外宮は千五百年前に伊勢に鎮座したと伝わりますが、それ以前からまつられていた神々です。ローカルな土地の神ということでしょうか。
 二つ目は内宮鎮座ちんざの際、天照大神あまてらすおおみかみを大和から伊勢へ導いた皇女こうじょ倭姫命やまとひめのみことが定められたと伝わる神社です。倭姫命がたどった道筋に沿うように内宮近くを流れる五十鈴いすず川や玉城町たまきちょう外城田ときだ川流域に多くみられ、神社周辺には倭姫命ゆかりの地名や旧跡が残ります。
 三つ目は外宮の鎮座した時にできた神社。外宮のある山田原やまだはらに集中しています。
 つまり、神宮百二十五社は伊勢神宮の始まりから信仰が広がっていく過程を神社として形をとどめていることになります。神宮百二十五社のなかには室町末期の遷宮中断期に廃れたものも多いですが、のちに再興され、今に受け継がれています。
 摂社以下の神社は、これから約十年かけて、一年に十社ほどが建て替えや修繕がなされ、神職が遷座祭せんざさいを執り行います。それを修造しゅうぞうと呼びます。修造を終える平成三十七年頃は、もう次の第六十三回式年遷宮(平成四十五年予定)の始まりとなる山口祭が行われるはず。二十年に一度の式年遷宮は、繰り返しながら続いていくのです。
 またこの期間は、若い宮大工らがベテランとともに修造に携わり、伊勢神宮特有の「 唯一神明造ゆいいつしんめいづくり」の建築技術を身に着けるのです。遷宮の継続は、遷宮と遷宮のはざ間のこうした小さな神社の修造による技術の伝承にも支えられていました。
 随筆家の白洲正子さんは、今から四十数年前の式年遷宮に参列しました。その時の感動を文章につづられましたが、私が驚いたのは参列する前に、別宮の 瀧原宮たきはらのみや へと足を延ばしていたことです。当時、内宮から車で一時間半以上をかけて行かれてますが、いたく感動されたようで、後年、孫の信哉さんに、正子さんはこの瀧原宮がお気に入りであったと教えてもらいました。いったい、白洲さんは内宮や外宮ではなく、瀧原宮で何を見たかったのか、どこが気に入ったのでしょうか。物事の核心は現在の中心ではなく、じつは周辺部に残っている、そんなことを語っておられたようにも思います。
 伊勢神宮、さらには日本古来の神への祈りの本質がこの百二十五社から見つかるかもしれない。今、再び伊勢神宮百二十五社をたどってみたいと思います。そこには、知られざる神々と人との古くからの物語が刻まれているのではないでしょうか。

千種 清美ちくさ きよみ

三重県生まれ、文筆家。皇學館大學非常勤講師。三重の地域誌『伊勢志摩』編集長を経て文筆業に。新幹線車内誌『月刊ひととき』に「伊勢、永遠の聖地」を8年間にわたり連載した。伊勢神宮の式年遷宮については前回の第61回を経て、今回は遷宮諸祭を取材し、遷御の儀では式年遷宮広報本部によるインターネット動画配信の司会進行を行う。伊勢神宮についての講演や執筆活動を行う。著書に『女神の聖地 伊勢神宮』(小学館新書・全国学校図書館協議会選定図書)など。式年遷宮特別番組『お伊勢さん』(三重テレビ放送制作)に続き、『芭蕉が詠む 祈りのこころ』全10本の脚本担当。三重県明和町観光大使。