12 田上大水御前神社 外宮摂社 伊勢市藤里町

 文化庁が設けた日本遺産に、「祈る皇女斎王さいおう のみやこ  斎宮さいくう」が選ばれました。
 斎王は、伊勢神宮に仕えた未婚の内親王や女王のこと。古代、天皇の娘や姉妹などが選ばれ、天皇の代わりに伊勢の神さまに仕えました。
 その斎王が日々を暮らしたのが、今の 多気郡たきぐん明和町めいわちょう斎宮にあたり、宮殿の遺跡などの発掘、復元がつづいています。
 伊勢の斎王とよく似ているのが、京都の賀茂かも社に仕えた賀茂斎王で、斎院さいいんと区別して呼ばれました。こちらは、毎年五月に京都で盛大に行われる葵祭あおいまつりの主役として知られます。
 斎王の始まり。神話では、第十代天皇、崇神すじん天皇が宮殿から大和の笠縫邑かさぬいむら(奈良県桜井市)に天照大神あまてらすおおみかみをうつされた時に仕えた豊鍬入姫命とよすきいりひめのみこと となっています。そして、次の垂仁すいにん天皇の代に、倭姫命やまとひめのみことが任命されるのです。倭姫命は各地を巡幸じゅんこうした後に伊勢にたどり着き、現在の五十鈴いすず川の川上に天照大神をまつりました。倭姫命は、「御杖代みつえしろ 」と記されています。神さまの杖の代わり、女性が神さまに仕えた古の記憶がこの言葉に残されています。
 百二十五社のご祭神の中に、 宮子みやこという女性の名前があります。
 外宮摂社げくうせっしゃ田上大水御前神社たのえおおみずみまえじんじゃです。外宮の南、地元では「丸山」、「車塚くるまづか 」と呼ばれているこんもりとした森にあります。かつての外宮の神田あたりで、いかにも円墳を思わせる森です。鳥居をくぐり、石段を昇っていくと、狭い御垣の内に二つの社殿がありますが、並び立つのではなく、一つは南向きに、もう一つは東向きであるのが興味を引きます。それはこの二つの神社の関係を物語っているのでしょう。
 南向きは、外宮の度会神主四門わたらいかんぬししもんの祖、小事おごと 神主をまつる田上大水神社。東向きは、小事神主の娘、宮子をまつる田上大水御前みまえ神社。この「御前」は、主たる祭神に従うという意味がありますが、二つはともに摂社にあたるため、社殿が同じ大きさをしています。
 小事神主は、欽明きんめい天皇の代の、外宮の偉大な神主といわれ、のちの度会氏の祖と崇められます。度会氏にとって、重要な人物であったのでしょう。
 そして、その娘の宮子もまた父親に匹敵するほどの役割を担った女性であることは想像できます。しかし、どんな役目を担ったのか、わからずにいました。
 「この宮子は、伊勢大神の土着の真の斎女いつきめ大物忌おおものいみ〉であり、小事は、大物忌の父の古い姿であろう。度会大神主、神の国度会の首長であり、政権を持っていた。『斎宮記』は、宮子を「斎内親王」と記すが、斎宮制度以前の、伊勢の権威ある斎姫の原像を伝えている」
                          『斎宮志』山中智恵子 著
 『三輪山伝承』『斎宮女御徽子にょうごよしこ女王』などの著書がある歌人、山中智恵子氏の一文を探り当てたとき、もやもやと胸につかえていた霧が晴れたように思いました。
 大物忌というのは、明治時代まで、神さまに食事を供えたりする役目を担っていた童女どうじょのこと。今でいう小学生くらいの女児で、自宅から離れ、神域内で暮らしていました。社殿の御扉みとびらを開けるときもまずは、この童女が手をかざした後、神職が実際に開けるなど、神聖な役割を担っていたのです。大物忌の父は、実際に祭典を執り行う位の高い神職です。
 今回の遷宮せんぐうにちなむ遷宮諸祭しょさいでは、大物忌役は、五歳から十二歳くらいまでの伊勢神宮の神職の娘が担いました。前日は神域内の斎館さいかんに籠って、大人の神職に交じって立派に奉仕していました。
 一般にいう地鎮祭にあたる「鎮地祭ちんちさい」が平成二十年に行われました。祭典では、緑の鮮やかな「あこね」を身にまとった大物忌役の童女が忌鎌いみかま(聖なる鎌という意味)を、その父役の神職が忌鍬いみくわを手にして、新たに社殿が建つ御敷地みしきちの中央と四隅を、鎌で草を刈り、鍬を打ち下ろす所作を執り行いました。そのあと、神さまの社殿の中央床下にあたる場所に、しずものを供えました。祭典の主役にあたる役目を童女が執り行うことに、驚きとともに、神さまに近い聖なる存在はやはり子どもなのだろうと合点がいったことを覚えています。
 そのような重責を担った女性であれば、父とともにまつられるかもしれない、率直に納得しました。
 『日本書紀』では、小事神主がいた欽明天皇の代は、磐隈いわくま皇女、またの名を夢皇女という女性が出てきます。山中氏はこの女性を伝承の斎王として記しています。
 それにしても、ご祭神と神社名があまりにも離れているのは、時間とともにこの神社の役割が変わってきたからでしょう。「田上大水」とは、神田の水源を守る神社にあたります。
 百二十五社は神さまに仕えた女性もまつっているのです。