特別編 内宮 正宮 伊勢市宇治舘町

 五月二十六日、伊勢神宮内宮前は異様な緊張感と高揚感に包まれた朝を迎えました。
 歴史的な瞬間に立ち会っているという期待と確信の中に私もいました。午前十時三十分過ぎ、安倍総理が宇治橋前に着きました。すると次々に各国首脳らが車で乗り付け、宇治橋を渡っていきます。最後にオバマ米大統領の専用リムジンの車列が見えると歓迎ムードは最高潮に。安倍総理とオバマ大統領が並んで宇治橋を渡る後ろ姿を見送る頃には、雨催いの空だったのが、薄日が射し込むようになっていました。天も祝福しているかのように、雨の予報から一転した好天。奇跡的にも思える伊勢志摩サミットの幕開けでした。
 先進七カ国(G7)の首脳たちが伊勢神宮を訪れる意義とは何でしょうか。それは日本の聖地を、異なる宗教や文化、言語をもつ首脳たちが一堂に会することで、世界の平和をいま一度考えるためでした。
 伊勢神宮内宮(皇大神宮)は、今から二千年前に伊勢の五十鈴いすず川の川上に鎮まったと神話では伝えられています。ご祭神の天照大神あまてらすおおみかみは、皇室の祖先神で、神名の通り、あまねく大地を照らす太陽のようなご神徳があるといわれています。皇室の神さまですから、もともとは私幣禁断といって、天皇陛下以外は神前に供え物ができないとされてきました。しかし、時代とともに伊勢神宮は「お伊勢さん」と日本人に親しまれるようになり、江戸時代には「一生に一度は」と言われるほどに、庶民のお伊勢参りは盛んになりました。
 日本人が憧れてやまない伊勢神宮へ外国人が最初に公式参拝したのは、明治五年(一八七二)のこと。日本政府の参議・大隈重信らが、日本南部の海岸にある灯台を巡る視察で鳥羽港に立ち寄った際、同行の西欧人一行に計らったものです。その中には、英国公使のアーネスト・サトウがいました。サトウは幕末から来日した日本語通訳官で、高い日本語の能力を活かし、神道や仏教などの研究を行い、神道論を記した研究者です。伊勢神宮については、社殿建築やご祭神、さらには『古事記』の天岩戸あまのいわとの場面に至るまで詳細に論文で述べてはいるものの、そこには神道や日本の精神性への敬いは残念ながら感じられませんでした。教会で礼拝し、神父が聖書を読み道徳と信仰の教えを説くキリスト教とは異なり、聖書に匹敵する明確な聖典がないことや、八百万やおよろずの神がいるという考え方は外国人にとってわかりにくいものであったことが伺えます。
 それからおよそ百五十年、現代の海外の人々には伊勢神宮はどう映っているのでしょうか。今回、サミットで来日した報道関係者に尋ねてみました。
 初来日のBBC放送のプロデューサーは、市街地の喧騒とは異なり、神域では静かで平和的な空気に触れたと言います。「神秘的な雰囲気に包まれた大自然が印象的。西洋の文化とはまったく違う、日本の伝統文化に尊敬して手を合わせた」。プロデューサーはサトウと同じイギリス人で、無宗教の人でした。
 一般的なカトリック教徒という、エストニア(バルト三国の一つ)出身で日本の国際放送で働くロシア語放送専門家は、一年半前、式年遷宮で新しくなった伊勢神宮を訪ねた際、歴史があるはずなのに新しいので奇妙に感じたと率直に話してくれました。「長い歴史を感じるなら古い建物の方が良い。石に触った時でも何千年という長い時間を感じることができるように。けれど同行の日本人から聞いた二十年に一度社殿を新しくするという式年遷宮のシステムは、面白いなと思った。新しい魂が宿る木の社殿はまぶしいほどだった」。サトウが伊勢へ来たのも明治二年の遷宮後であったため、サトウもこの人と同じように新しい社殿に違和感をもったのかもしれません。
 また神域の大木に感心したというドイツ人のカメラマンに、多神教についてどう思うか尋ねると、自分とは違う考え方だけれど、信じている人にとってはそれで良いという答えが返ってきました。異なる宗教、文化への敬いを感じました。
 さまざまな自然災害や戦争、テロに直面して、人々の平和を求める気持ちは、近年にないほど高まっています。それには、相互の宗教や文化への理解と、寛容が必要です。各国の首脳が揃って伊勢神宮の参道を歩き、正宮の石段に並んで、笑顔で撮影に応じた姿に私たちが感動したのは、日本の聖地への敬いが感じ取れたからではないでしょうか。伊勢神宮で、私たちの精神文化が認められたのです。
 伊勢志摩サミットの閉幕後、被爆地広島で感動的なスピーチを行ったオバマ大統領は、その前日、伊勢神宮でこう記帳していました。
 「幾世にもわたり、癒やしと安寧をもたらしてきた神聖なこの地を訪れることができ、非常に光栄に思います。世界中の人々が平和に、理解しあって共生できるようお祈りいたします」(神宮司庁HPより)
 G7首脳の伊勢神宮の訪問は、私たち日本人にも平和であることの素晴らしさ、難しさを教えてくれました。そして、歴史的な遺物である広島の原爆ドームとともに、自然と調和する伊勢神宮の姿が、平和の大切さを世界へ伝えたに違いありません。そのときに立ち会えたことに感謝するとともに、他者への敬いこそが平和な未来を創るのだと胸に刻みました。

写真は、すべて外務省提供