• 83年前に祖父が創業した児童書出版社を突然引き継ぐことになった『もしドラ』作家・岩崎夏海。
    何の興味もなかった社長業で、50余名のスタッフを率いながらドラッカーの教えはどう活きる!?


第十一回  出版社は火中の栗?


 ところで、みなさんは「出版不況」という言葉をご存じだろうか。「最近本が売れなくなった」という話は小耳に挟んだことがあるかもしれないが、それがどのようなものなのか、出版業界によっぽどの興味でもない限り、詳しい方は少ないだろう。

 

 今、出版業界は不況の真っ只中にいる。出版不況というのは、本がどんどん売れなくなっている——ということだ。今、本は社会の中でその立場をどんどんと狭めている。

 そう聞くと、多くの人が「それは電子書籍ができたからだろう」と思う。電子書籍ができたからこそ、出版不況が起きたのだと。

 しかし、そうではない。電子書籍も出版社の作り出した製品の一部なので、それができたからといって、出版不況が起きたわけではないのだ。

 そのため、もう少し詳しい人は「インターネットが出現したからでしょう」と言う。そして、これはだいたい正しい。出版業界は、インターネット出現の直撃を受けてしまった。インターネットの出現で、出版業界は激変を余儀なくされたのだ。

 

 インターネットの出現が出版業界に及ぼした最大の変化といえば、電車内の風景ではないだろうか。これは、若い人には分からないかもしれないが、30年前のまだ携帯電話が世の中に普及してない頃、電車の中で(当たり前だが)スマホをいじっている人は皆無だった。代わりに、多くの人が本を読んでいた。それは、雑誌のこともあれば単行本のこともあった。とにかく、本を読む人がたくさんいたのだ。新聞を読んでいる人も含め、通勤電車のほとんどは活字を読む人たちで占められていた。

 しかし今、電車の中で活字を読んでいる人を探すのは難しい。たまに本を読んでいる人を見かけると、ちょっと珍しいものを見たような気になる。あるいは雑誌を読んでいる人を見つけたら、天然記念物を見つけたような気持ちにさえなってしまう。

 

 この電車内の風景に次いで、出版不況が大きく変えた「日本の景色」がもう一つある。それはコンビニだ。

 コンビニは、80年代にはどこでも入ってすぐの窓際の一等地が必ず雑誌コーナーになっていた。それは、コンビニ自体の経営戦略において、雑誌の陳列の仕方が重要な役割を担っていたからだ。

 どういうことかというと、一般に商店の客というのは、店の中に他の客がいると入りやすいが、いないと入りにくいという心理がある。だから、外から見えるところには、客がいてほしいというコンビニ側の思惑があった。

 それで、窓際に雑誌コーナーを設けたのだ。すると、そこで客の一定数が立ち読みをしてくれる。それを見て、他の客もコンビニに入ってきてくれる。

 つまり、雑誌を立ち読みする客は客寄せパンダとして機能していたのだ。他ならぬぼくも、客寄せパンダとしてコンビニの売上げに大きく寄与したはずだ。お金がなかった高校、大学時代には、行くと優に30分は立ち読みをしていたように思う。

 そして、大人になってからは立ち読みだけではなく実際に購買していた。ぼくが放送作家をしていた90年代は、ネタ集めの意味もあって、一週間に10冊は雑誌を買っていた。これはけっしてオーバーな数字ではない。なにしろ、コンビニには通勤途中に毎日寄って、必ずといっていいほど1冊は買っていた。多いときには4、5冊買っていたのである。そのため、ぼくの鞄はそれらの雑誌を入れられるよう、常に大きめのものが用意されていたくらいだ。

 

 それが、仕事の一環にもなっていた。当時は、雑誌を読まなければ情報収集ができなかったのだ。新聞やテレビでも情報を収集できたけれど、テレビの企画に必要な適度にマニアックで適度に文化的な情報は、雑誌に頼る以外になかった。だから、雑誌を浴びるように読んで、自分を常に情報の最先端に置くように心がけていたのだ。

 またその頃は、よく女性誌にまつわるあるネタがくり返し話題になっていた。それは、どんどん厚く、重くなっているということだ。それも、記事で厚くなるのではなく、広告で厚くなるのである。記事のページは据え置きで、広告ばかりがどんどん増えていたのだ。

 おかげで、女性誌を読む女性は筋肉が鍛えられた——などという笑い話が話題になった。当時の分厚い女性誌は、買って持ち帰るのも大変だが、そもそもページをめくるのが大変だった。読むことさえが一苦労だった。手に持っていると腕が疲れてしまうため、机か床に置いて読まなければならなかった。

 そんなふうに、90年代には今とは真逆の「出版好況」というものがあった。まさにバブルとしかいいようがないのだが、売上げが天井知らずに増え続けていたのである。

 

 この出版好況というのは、だいたい1970年代後半に始まった。それまでも出版業界の売上げは徐々に増えてはいたのだが、70年代後半、特に80年代に入ってから爆発的に増えた。

 しかもそれは、日本だけではなく世界中で起こった。世界中で、80年代に出版好況というものが起こったのである。

 

 ぼくがこの「出版好況」というのを初めて客観的に知ったのは、ドラッカーの本を読んでいたときだった。ドラッカーの本に、このことが書かれていた。

 しかもドラッカーは、この出版好況について幾分か辛口に書いていた。そこに、出版業界への苦言が呈されていたのである。

 どういう苦言かというと、出版社というのは好況のときにはそれを分析しない——というのである。好況に甘んじて、それがどうして起こったのか、真剣に考えない。

 なぜ考えないことがダメかというと、それをしておかないと、いざ不況になったときに今度は「なぜ売れないのか」を正確に把握できないから、そこから抜け出す可能性が低まるからだ。分析というのは、不況になってからしたのでは遅く、余裕のある好況のときにこそしておかなければならない——というのがドラッカーの言葉であった。

 果たして、ドラッカーの言葉はその通りになった。多くの出版社が、出版好況の分析をしてこなかったおかげで、21世紀に入ってから出版不況に見舞われたとき、その原因をすぐには突き止められなかった。そうしてずるずると売上げを落とし、今に至るというわけである。

 

 この出版不況にとって、昨年、つまり2017年は、ある種のターニングポイントともいえた。なぜかというと、売上げが最盛期の1996年に比べて、約半分になったからだ。2兆6千億円が、1兆3千億円にまで減った。また、書店数も最盛期に2万8千店あったのが、今は1万2千店まで落ち込んだ。こちらは、約半分以下である。

 つまり、出版業界というのは20年前の最盛期に比べて約半分の規模にまで落ち込んでしまったのだ。しかも、その落ち込む度合いは緩まるどころか年々加速し、今年も大幅に売上げを落としてしまった。好況のときに市場をきちんと分析してこなかったツケが、今になって大きなダメージを与えているのだ。

 

 では、出版好況はそもそもなぜ起こったのか?

 実は、ドラッカーはそれについてもちゃんと分析してくれている。出版好況は、もちろんいくつかの条件が折り重なって起こったものではあるが、一番大きいのは社会構造の変化だという。世の中が「知識社会」になったからだ。それで、本を読む人——いや、本を必要とする人が増えたのだ。

 この知識社会化というのは、だいたい300年前の産業革命の時代から始まった。そこから緩やかに進行してきたが、20世紀の後半になって急加速した。実は、出版界はその恩恵を受けたのだ。増え続ける知識人が、これまで以上に本を買ってくれたおかげで、未曾有の好況を甘受することができたのである。

 では、その後の出版不況はなぜ起きたのか? それは、知識社会が終わったからなのか?

 それについては、残念ながらドラッカーは教えてくれない。なぜなら、彼は2005年に95歳で亡くなってしまったので、深刻な出版不況を見なかったからだ。

 

 しかし、ドラッカーの出版好況に対する分析を敷衍(ふえん)して考えるなら、答えはおのずと導き出されるはずだ。どういうことかというと、知識社会化がさらに進んだのである。そのおかげで、人々はもはや本すら読まなくなった。知識社会化によって、人々は本から離れていってしまった。

 では、知識人たちはどこへ向かったのか?

 それが、前述した「スマホ」なのである。

 知識というのは、常に最先端のものが求められる。そして最先端の情報を提供するには、スピードが重要になってくる。よりスピード感のある情報提供が、マスコミや出版社に求められるようになったのだ。

 そういう時代に、出版業はスピードでスマホに勝てなかった。全てはスピードの問題だ。出版社はスピードでスマホに大敗したため、売上げを大きく減じさせる結果となったのである。

 では、そういう時代に出版社はどうすればいいのか?

 

 実は、そういう問いかけが正に突きつけられているときに、ぼくは出版社の社長になった。そうして、かつてない苦境のど真ん中にいきなり放り込まれたのである。

 おかげで、ぼくが出版社の社長を引き受けると聞いた何人かの知人たちは、祝福を言うより先にぼくの身を案じてくれた。「大丈夫?」と心配してくれた人もいたが、可哀想にと哀れむ人もいたくらいだ。

 つまり、ちょっとでも賢い人なら、絶対に引き受けないようなことをしたのである。「火中の栗を拾う」という言葉があるが、正にそのような状況だ。いつ爆発してもおかしくないような危険物を持たされる格好となったのだ。

 

 

 では、なぜそれを引き受けたのか? それは、ぼくがマゾだからなのか?

 もちろん、マゾであることは必ずしも否定できないが、しかしそればかりではない。ぼくにはぼくなりの計算があって社長の任についた。火中の栗を拾うことは、必ずしも悪いばかりではないという目論見があったのだ。

 では、その目論見とは何か?

 次回は、そのことについて書いていきたい。