• 83年前に祖父が創業した児童書出版社を突然引き継ぐことになった『もしドラ』作家・岩崎夏海。
    何の興味もなかった社長業で、50余名のスタッフを率いながらドラッカーの教えはどう活きる!?


第十四回  「歴史」というコンテンツ


 

 みなさんは、「教育」と聞くとどのようなイメージをお持ちだろうか?

 最近気づいたのは、世の中には教育と聞くとまだ「子どものもの」と考える人が多いということだ。しかしながら、ぼくの考える教育とは、なにも子どもだけのものではない。生涯教育が不可欠となった今、教育は大人にとっても「当事者」の問題なのである。

 

 その教育において、ぼくが最も効果が高いと考えているのは「歴史を学ぶこと」だというのはすでに述べた。これは、ぼく自身の経験にもよる。

 30才の頃、文学の歴史を体系的に勉強したことがあった。すると、文学史にも「流れ」があって、個々の作品が生まれたのは、その歴史の流れに則ってのことだということが分かった。どの作品にも、歴史を知ればおのずとわかかる「背景」というものがあるのだ。

 

 これは、当たり前のようではあるけれど、ぼくにとっては目から鱗だった。というのも、文学を個々の作品として読んでいたときには、「なぜこのような作品が生まれたのか?」という背景がよく理解できないから、それは作者の頭の中だけで生まれたものと勘違いして、「この人の想像力は途方もない」と、必要以上に畏怖していたのである。

 

 例えば『百年の孤独』という小説があるが、これを単体で読んだときには、まるで怪物が突然変異的に生まれてきたかのように感じて、畏怖というよりもある種の恐怖さえ抱いた。

 ところが、文学の歴史を勉強すると、『百年の孤独』が生まれた背景には、まずスペイン文学の『ドン・キホーテ』があり、それを受け継いだロシア文学の『カラマーゾフの兄弟』があって、そこからアメリカ文学の『ハックルベリーの冒険』やフォークナーを経由し、さらにボルヘスなどを経て、ようやく誕生に至ったということが分かる。

 

 そんな背景を知ると、「百年の孤独」に対する理解が格段に深まるので、必要以上に畏怖する必要がなくなるし、面白さもまた増すのである。

 ぼくは若い頃、絵の勉強をしていたのだが、人体をデッサンするときに先生から、「皮膚の下の筋肉や骨の構造を理解していなければ、手を描くことはできない」と教わった。その言葉は、当時は意味がよく分からなかったが、今なら分かる。ものを見る目というのは、その構造や背景を知ることによって、はじめて養われる。絵もそうだが、文学もその構造や背景を知ることで、格段に理解が深まるのだ。

 

 そうした経験から、歴史は最も重要な学びだと考えるようになった。そこでぼくは、教育についての事業を始めようとしたときに、まず歴史の本を作ろうと思った。そうして、いくつかの歴史書を、並行して企画したのだ。

 

 まず取りかかったのは、ぼく自身にとって最も親しみ深い「エンターテインメント」の歴史書である。特に、戦後の日本で世界にも稀な形で独特の発展を遂げたマンガ、アニメ、ゲームの三つの分野について、歴史書を作りたいと思った。

 

 ぼくは、マンガ、アニメ、ゲームの三つの分野について、クリエイターとしてかかわったことはほとんどないが、いちユーザーとしては平均以上にのめり込んできた経験を持つ。

 マンガは、中学時代に市販されている少年誌を全部通読していたし、ゲームは、ファミコン時代に発売された任天堂のゲームは全て買って遊んでいた。ディスクシステム時代のマリオゴルフでは、全国大会で100位以内に入賞を果たしたこともある。

 アニメは、それほどコアなオタクというわけではなかったが、宮崎駿さんの大ファンだったので、彼の作品は『アルプスの少女ハイジ』や『ルパン三世』の頃から同時代人としてずっと追いかけ、その後のジブリ映画は全て公開時に劇場で見てきた。

 

 そんなふうに、ぼくはいちファンとしてはこれらのエンターテイメントコンテンツに深く親しんできた。ところが、よくよく考えてみるとその歴史についてはほとんど知らないのである。

 

 ぼくが初めて好きになったマンガは『ドカベン』で、アニメは前述の『アルプスの少女ハイジ』、ゲームは小学生当時大ブームを巻き起こした『スペースインベーダー』である。

 これらはどれも大ヒットし、ぼくも心から楽しんだが、しかしこれらがどういう背景から生まれたのか、当時はそこまで考えが及ばなかった。

 

 これらは、もちろん突然変異的に生まれてきたわけではなく、その前提となる歴史があって、流れの中で生まれてきたものだ。そのためこれらの作品も、その歴史を知れば、文学の歴史を学んだときのように、今まで以上に楽しめるようになるのではないか。

 

 そうした考えから、いつかこれらの歴史を学びたいと、ぼく自身思っていた。それをこのとき思い出し、せっかくだからと一石二鳥を狙って、書籍化することを思いついたのである。

 

 

 そうして本を作り始めた結果、最初に刊行されたのが『マンガの歴史 第1巻』である。これは、『風雲児たち』でおなじみのマンガ家であり、同時にマンガ研究家としても知られるみなもと太郎さんに書いていただいた。この作品を皮切りに、これから『アニメの歴史』や『ゲームの歴史』も順次刊行していく予定である。

 

 それからもう一つ、ぼくが作りたいと思ったのは、「日本の現代史」についての本だった。特に、直近の100年を俯瞰して、その流れが分かるよう体系的に描かれた歴史書というものを、ぜひとも作りたいと思ったのである。

 

 これには明確なきっかけがある。ぼくは、『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』という本を書いたことがきっかけで、経営学者のドラッカーを研究するドラッカー学会に所属するようになったのだが、その大会で催された講演で、評論家の寺島実郎さんのお話を聞いたことがあった。

 

 そこで寺島さんは、「今の日本の経済界の大問題は、経営者になった50、60代の人々が、日本の近代史をほとんど知らないことである」と仰っていた。

 それというのも、戦後の日本ではなぜか学校で近代史を全く教えなかった。日本史の授業は、せいぜい明治に入ったくらいで終わってしまう。だから、ほとんど全員、それを包括的、体系的に理解してない。

 

 なぜそれが問題かといえば、歴史というのは流れだから、近代史を理解していないと、これからの歴史の行く先を見通せないのである。会社の経営は、昔も今もある程度の未来予測の能力が求められる。なぜかというと、経営についての重要な判断をくだすとき、それが効果となって現れるのはその瞬間ではなく、早くても半年後、多くは数年後で、ときには10年以上経ってからその成否が問われることさえある。

 

 そのため、経営者には「未来を見通す目」が不可欠なのだが、その能力を鍛えるためには、近代史の理解が欠かせないのだ。それを理解していないと、未来を満足に見通せない。

 そういう状況があるにもかかわらず、日本のほとんどの経営者は、上記のような理由で近代史を理解していない。これは、決して大げさな表現ではなく、国を滅ぼしかねないほどの大問題だと、寺島さんはいうのである。

 

 それを聞いたとき、ぼくはハッとさせられた。というのも、ぼく自身は個人的な興味から近代史をある程度勉強していたが、確かに友人のほとんどは、どんなに頭がいい人でも驚くほど日本の近代史を知らなかった。そのため、近代史を前提とした議論になった場合、特に戦争観や経済史観などで噛み合わないことが多かった。

 

 そんなとき、ぼくがごく初歩的な歴史的事実についてレクチャーすると、たいてい「へえ、知らなかった!」と驚かれる。だから、そこのところに大きな溝があることは知っていたのだ。

 

 それを、寺島さんのお話を聞いて思い出した。そして、その溝を埋めるような、日本の近代史を扱った本を出せば、多くの読者に喜んでもらえるのではないかと思ったのだ。

 

 そこで早速、日本の近代史の本を企画した。そこでぼくが考えたのは、次のようなコンセプトであった。

 

 歴史書というものは、通常「できごと」の流れを追う。そのため、できごとごとに記述が分かれており、年が行ったり来たりする。

 

 例えば、満州事変が起きたのは1931年だが、それはあくまでも戦争に関する話題の中で記述される。この後、1932年のリットン調査団を経て、1933年の国際連盟脱退、1937年の日中戦争に至る——といった具合だ。

 

 一方、1931年の日本は、1929年に起きた金融恐慌や、1930年に米価が暴落したことなどにより、深刻な不況に喘いでいた。ただしこれも、あくまでも経済に関する記述の中で紹介される。そのため、満州事変との関係がいまいち見えにくいのだ。

 

 しかし実は、この両者は深く関係している。日本は、深刻な経済不況の中で、それを脱する手立てとして多くの人が望んだからこそ、陸軍が満州事変を企てるに至ったのだ。満州事変の背景には、はっきりと日本の経済不況が存在するのである。

 

 そのため、これからの歴史書には異なるできごと間の関係性を分かりやすくすることが求められていると感じていた。そこで、新しく作る近代史の本では、記述をできごとごとにまとめるのではなく、年ごとにまとめてみてようと考えた。そうすることによって、当時の空気感というものがより伝わり、現代史が理解しやすくなるのではないかと考えたからだ。

 

 例えば、前述した1931年には、エノケンやエンタツ・アチャコが日本の東と西とで大変な人気を博し、一種のお笑いブームともいえるような状況を生み出した。これだけ見ると明るい世の中のようにも思えるが、しかし前述した暗いニュースと同じ年に起こったということを考えると、むしろ暗い雰囲気の中で人々は、それを晴らすためにお笑いに明るさを求めざるを得なかった——という逼迫した空気が伝わってくる。

 また、年ごとに記述すると区切りが多くなるので、連続するコラムを読むような格好となり、読みやすさがますということも見込まれた。そうしてこれも、制作に取りかかったのである。この本は、今年の秋に発売予定である。

 

 そんなふうに、ぼくはエンターテイメント史というやわらかいものから日本の近代史というかたいものまでさまざまな歴史書を作ることによって、岩崎書店を教育に強い会社へと転換させようとした。

 そうしたところ、最初に出した『マンガの歴史』が大きな反響を得たこともあって、この方向性により強い自信を抱くようにもなった。

 

 そうしてぼくは、この方向性をさらに推し進めるべく、新たな施作に着手することになった。その施作とは、もっと本格的に、そしてもっと積極的に、岩崎書店の教育事業を推し進めるというものだ。

 

 では、それはどんな施作なのか?

 それについては、また次回にお伝えしたい。