• 83年前に祖父が創業した児童書出版社を突然引き継ぐことになった『もしドラ』作家・岩崎夏海。
    何の興味もなかった社長業で、50余名のスタッフを率いながらドラッカーの教えはどう活きる!?


第四回  説得力を駆使する

 イラストレーターさんに絵本の執筆依頼をすることになった。イラストレーターさんを口説かねばならない。魅力的なプレゼンテーションをして、描くことに同意してもらわねばならない。簡単に言えば、「説得」する必要ができたのである。
 ところで、人間の究極の能力とは「説得力」である。言い方を変えると、人間のあらゆる能力は「説得力」に通ずる。さらに言い方を変えると、人間には説得力さえあれば他に何もいらない。
 想像してみてほしい。もしあなたに「究極の説得力」があれば、それ以上は何もいらないということを。もしあなたのお願いを誰もが聞いてくれる状況なら、望みはほとんどが叶うということを。
 例えば、おいしいご飯を食べたいと思ったとする。そうしたとき、たとえお金がなかったとしても、レストランの店主を「説得」できれば、あなたの願いは叶えられる。
 あるいは、望みの会社に就職したいと思ったとする。このとき、十分な学歴(職歴)がなくとも、その会社の人事課もしくは経営者を「説得」できれば、入社は簡単に叶う。
 恋愛だって、誰のことを好きになっても、その人を説得できれば交際することは簡単だ。
 このように、人間の望みはたいてい「他の人を説得すること」で叶えられる。逆に言えば、人は説得力を身につけるためにこそ、努力したり働いたりしているのだ。
 一生懸命働くのは、そこで得たお金を使ってレストランを「説得」し、美味しい料理を食べさせてもらうためだ。いい学歴を得るのも、人事課への説得力が増すからである。意中の恋人を射止めるためにあれこれ努力するのも、つき合ってもらうための説得力が増すからに他ならない。
 それゆえ、もしあなたに「究極の説得力
がすでにあれば、お金や学歴、あるいは容姿や長所なども必要ない。逆に、人がお金や学歴、容姿や長所を得ようとするのは、全てそれらに付随する説得力を身につけようとしているからである。

 おもしろいのは、この説得力、生まれたばかりの赤ん坊にもちゃんと備わっているということだ。彼らがわんわん泣き叫べば、親はそれに「説得」され、あれこれ世話を焼かざるを得ない。
 そんなふうに、説得力というのは人間の幸不幸はもちろん、生き死ににさえかかわる重要な能力だ。ぼくもこれまで、この説得力を身につけるためにがんばってきたといえる。学生時代に勉強に励んだのも、秋元康さんの元で厳しい修行に耐えたのも、『もしドラ』が売れた以降も仕事をし続けてきたのも、全てさまざまな説得力を増すためだった。
 そうして今、ぼくはイラストレーターさんに絵本の執筆をお願いしようとしている。それは、いうならばぼくがこれまで培ってきた説得力が試される場面だ。
 そう考えると、ぼくはこのときのために生きてきたともいえる。ぼくがこれまで人生を賭けて培ってきた説得力が試される、いうならば晴れ舞台だ。
 そう考えて、ぼくはこの仕事に取り組んだのだった。

 ところで、この「説得力」というものには、他の能力同様いくつかの「コツ」がある。ぼくはこれまで、さまざまな説得の場面に立ち会う中で、それらを学んできた。そこでここでも、それらのコツを駆使して説得に当たろうとした。
 説得のコツは、大きく分けて三つある。
 第一のコツが、「方向性を示す」ということだ。
 説得する場面において、重要でありながら意外に多くの人ができていないのが、この「方向性を示す」ということである。絵本の依頼だったら、「こういう作品を書いてほしい」と、具体的な提案をすることだ。
 というのも、普通は説得というと「相手の希望を叶えよう」とするから、「なんでもそちらの言う通りにやります」とつい言ってしまう。絵本の執筆依頼だったら、「先生の描きたいものを描いてください」となってしまう。そうして、自らの方向性を示さない。
 しかしこれは、頼まれる側になるとよくわかるのだが、全然ありがたくない。むしろ、さまざまな決断を一からしなければならず、面倒くさいのだ。
 若い頃、放送作家の先輩からおもしろい話を聞いた。かつて萩本欽一さんが出ていたテレビ番組では、コントの案を視聴者から募集していた。その際、設定——つまり方向性を示した募集にするとたくさんの応募が来るのだが、設定を決めない自由な形式にすると、とたんに応募数が減ったのだそうである。
 このことからわかるのは、人が何かものを考えるときには「叩き台としての方向性
が必要、ということだ。叩き台がない思考は非常に疲れてしまうのである。
 方向性を示さない説得は、そういう面倒くさいことを依頼相手に押しつけることなのだ。これでは、承諾してもらえるものも承諾してもらえない。だから、編集者が作家に絵本の執筆を依頼する際には、まず「叩き台」となる企画を提出することが必要だ。その方向性をしっかりと指し示すことが求められるのである。
 ただし、企画というのはただ闇雲に出せばいいというものではない。提案する以上、相手におもしろいと思ってもらう必要がある。

 そこで、説得における第二のコツが必要となってくる。それは、「相手の興味をひく」ということだ。
 今さら言うまでもないかもしれないが、エンターテインメントはもちろんあらゆるビジネスにおいて、相手の興味をひけないようだと話は前に進まない。説得という場面においても、相手に興味を持ってもらえなければうまくいくことはないだろう。ぼくが最初に絵本作家さんの説得に失敗したのも、彼らの興味をひけなかったからに他ならない。
 そうなると、今度は「相手の興味をどうやって見つけるか?」ということが問題になってくる。
 このとき、参考になる考え方がある。それは、「人間の興味には二つのタイプが存在する」というものだ。一つは、そこで「完結する興味」。もう一つは、そこから「発展する興味」である。
 例えば、人々の興味を引くことが最大の目的である「週刊誌の記事」には、大きく分けて二つのタイプがある。一つが「ゴシップ」、もう一つが「ダイエット」だ。そしてこの両者こそ、「完結する興味」と「発展する興味」の二大典型なのである。

 まず「ゴシップ」の方は、例えば芸能人の恋愛など、多くの人が強く興味を引かれる。しかし、知ってしまえばそこで終わりである。もちろん友だちに話したりすることはあるだろうが、芸能人が誰とつき合っていたからといって、自分の人生が変化することはほとんどない。だから、この興味は読んだらそこで完結してしまう。
 一方ダイエットはどうかというと、興味を引かれたら実際に試してみたり、気に入ったら継続して取り組んでみたりする。そういうふうに、知ればそこで終わりではなく、その後も関係が発展していくのだ。
 そういうふうに、人間の興味にはそこで完結するものと発展するものの二つのタイプがあるのだが、編集者が作家に示す企画というのは、断然後者であるべきだ。そこで完結するのではなく、発展しなければならない。
 なぜか?
 例えば、編集者が作家に対して、『きかんしゃトーマス』のような「言葉を喋る列車」の企画を提案したとする。その際、編集者はさらに具体的な方針を示そうと、自ら描いたキャラクター案の絵を作家に見せてみたとしよう。
 このとき、その案があまりにも魅力的であれば、そこでイラストレーターの興味は完結してしまう。その絵がすごくうまければ、「だったらおまえが描けよ」という話になって、とたんにやる気を失う。そうして、依頼を引き受けてもらえない。これが完結する興味である。
 しかし、そこで編集者が「とても下手な絵」を出したらどうなるか。あるいは、いい線はいっているが何か物足りない絵を提出したとしたらどうなるか。
 その瞬間、作家の心にはめらめらと「創作の炎」が宿る。あまりにも単純なことなのだが、その下手な、あるいは何かが欠けた絵を見て「これだったらおれが描いた方がうまい」という気持ちになる。しかもそれは、能力がある人ほどそうなる。能力がある人ほど、本能的な競争心を持っているから、「だったらおれが描こう」という気持ちが抑えられなくなる。これが発展する企画である。

 ぼくが絵本作家さんとうまくいかなかったのも、これが原因だったと思っている。絵本作家さんの多くは、絵以上に企画に重きを置いている。一方で、ぼく自身も企画に重きを置いている。だから、絵本作家さんにとってぼくの企画は過剰だったのだ。足りないところが欠けていたのである。それで、「その企画だったら他の人にしてもらったら」となってしまった。彼らのやる気を失わせてしまったのだ。
 サラブレッドというのは、どんなに疲れていても他の馬が横に並ぶと、つい前に出てしまう。実際、競馬馬はその習性を利用して鍛えられる。
 絵本作家さんやイラストレーターも、言葉は悪いが競走馬と一緒だ。下手な企画や絵を見せられると、つい「これだったら私が考えた方がいい」「これだったらおれが描いた方が上手い」となる。そして、ついそれより良い企画を考えたり、上手な絵を描いたりする。編集者は、その”習性”を利用しなければならないのだ。
 そのため、編集者の立てる企画や描く絵は、適度に下手な方がいい。ぼくは、残念ながらこれまでの人生で企画を立てることに命を賭けてきたために、今では余り下手な企画を立てられなくなった。しかし絵に関しては、東京芸大こそ卒業したものの、それ以来全くといっていいほど描いていないので、今ではいい感じに下手になった。
 そのため、ぼくは編集者として絵本作家さんとは相性が余り良くないのだが、イラストレーターさんとは相性が良かったのである。だから、描いた絵をイラストレーターさんに見せることによって、彼らのやる気に火をつけることができるかもしれなかった。これが第二のコツである。

 第三のコツは、彼らの「個性を見極める」ということだ。
 これは説得についての有名な寓話なのだが、あるところに世界一腕のいい大工がいて、彼には依頼が引きも切らなかった。そこで、多くの依頼者が「お金ならいくらでも出します」といって彼に依頼をした。しかし、大工は首を縦に振らなかった。なぜなら、彼は世界一腕がいいので、おかげですでに十分な蓄えがあり、もはやお金では説得されなくなっていた。
 ところが、そこで依頼者の一人が「お金はそれほど出せませんが、この家は世界であなたにしか作れません。ですから作っていただけませんか?」とお願いした。すると、その大工は他の仕事を差し置いて、その件に取りかかったのだという。
 なぜかというと、人間は「自分にしかできない仕事」というものに他の何よりも使命感とやりがいを感じるものだからだ。これがイラストレーターだったら、「自分にしか描けない絵」というものを依頼されたときこそ心から描きたいと思うようになる——―ということである。
 そのため編集者は、依頼するイラストレーターの個性を知る必要がある。そのイラストレーターにしか描けない絵とは何かを理解し、それを求める必要があるのだ。
 そしてそれには、その人に何ができるかはもちろん、その人にできて他の人にできないものは何か——ということまで見極めていかなければならない。その人の個性を、とことんまで見極めなければならないのだ。
 では、その人の個性をとことんまで見極めるにはどうすればいいのか?
 これについては、また次回に書きたい。

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