• 83年前に祖父が創業した児童書出版社を突然引き継ぐことになった『もしドラ』作家・岩崎夏海。
    何の興味もなかった社長業で、50余名のスタッフを率いながらドラッカーの教えはどう活きる!?


第七回  アイディアはどこから来るのか

 『もしドラ』を出した後、数え切れないほど受けた質問がある。

 それは、「このアイデアはどこから生まれたのですか?」というものだ。「どうしてドラッカーと女子高生を結びつけようと思ったのですか?」ともよく聞かれた。あまりに頻繁に聞かれるので、ついにはそれについて回答した本(拙著『『もしドラ』はなぜ売れたのか?』)を書いたくらいである。

 なぜわざわざ本にまでしたのかといえば、その質問に対する答えは一つではないからだ。アイデアは必ずしも一つの源泉から湧き出るわけではなく、海に注ぎ込む大河のように、いくつかの支流が混ぜ合わせって生み出される。それを説明するのは多少の手間を必要とするのだ。

 ぼくは、日本を代表するイラストレーターである井筒啓之さんとお仕事をする際、はじめの依頼時こそあえてアイデアを用意せずに臨んだが、いざお引き受けいただけたら、今度はいろいろとアイデアが湧き上がってきた。ただし、それは急に思いついたわけではなく、『もしドラ』のときと同じように、これまで考えてきたたくさんのアイデアが掛け合わさって生み出されたものだった。

 

 ぼくは、30歳の頃にそれまでしていた放送作家の仕事に行き詰まって、小説家に転身することを模索していた。しかしいざ作品を書いて新人賞に応募してみても、それらは全て一次予選にさえ通ることができなかったため、なかなか目的を遂げられないでいた。

 なんとかこの窮状を打開しようと、あらためて人々に求められる作品とは何か――つまり「ヒット」とは何かということを研究し始めたのだが、参考になったのは当時大ブームとなっていたある商品だった。

 「チョコエッグ」がそれだ。いわゆる「食玩」と呼ばれるもので、卵形のチョコレートの中に海洋堂が作ったさまざまな種類の動物のフィギュアが入っていた。これが爆発的ヒットを記録していたのだ。

 ヒットの要因は、海洋堂の制作したフィギュアの精巧さももちろんあったが、そこでモチーフとした動物たちの造形のユニークさが大きかった。動物というのはその姿形がなんとも面白く、不思議で、興味深い。それは、どんなクリエイターが創造したデザインよりもすぐれていた。これをデザインしたのが神なのか誰なのかは分からないが、本当に天才の所業としか思えない。海洋堂の造形師たちは、そのデザインの素晴らしさを十二分に汲み取って、思わず収集したくなるような魅力的なフィギュアを作っていた。だからこそ、あれだけの大ヒットを記録したのだ。

 

 ぼくは、このチョコエッグのヒットのスキームに着目した。この方法は、他の何かにも転用できるのではないかと直感した。というのも、以前にも同じようなスキームのコンテンツを見たことがあったからだ。それは、ぼくの好きなある映画のワンシーンに、とても似ていた。

 その映画とは『カーリー・スー』である。後に『ホーム・アローン』をプロデュースすることになるジョン・ヒューズが1991年に監督した作品だが、この中で、主人公の女の子が歌を歌うシーンがある。

 ジョン・ヒューズは、そのシーンで使用する曲に当初、既存のヒットソングを想定していたが、直前になって使用許諾が下りないことが分かった。そこで急遽他の曲に差し替えることになったのだが、このとき時間がなかったこともあって、「どうせなら使用許諾のいらない曲にしよう」と思いついた。

 そうして採用したのが「アメリカ合衆国国歌」だった。これなら著作権もなく、誰かに使用許諾を取る必要もなかったから、都合が良かったのである。

 そんな経緯で国歌を使って撮影したところ、当初想定していた曲よりはるかにいいシーンになった。しかも使用料を払う必要もなかったため、予算も浮いて一石二鳥、思わぬ怪我の功名となったのである。

 

 ここでポイントとなるのは、「著作権」のないコンテンツには著作権のあるコンテンツよりかえってすぐれたものが眠っている――ということだ。チョコエッグも『カーリー・スー』も、ともにモチーフとして著作権のない動物やアメリカ合衆国国歌を採用した。そうしたところ、著作権のあるものを使うよりかえって魅力的になったのである。

 数年後、ゲーム『甲虫王者ムシキング』や映画『ダ・ヴィンチ・コード』がヒットしたため、このスキームの強さはさらに証明されることとなった。

 

 

 

 

 

 そうしてぼくは、このスキームをいつか自分の作品にも使いたいと思うようになった。すなわち、著作権のないすぐれたコンテンツをモチーフとして活用することで、予算を浮かせるのはもちろんのこと、作品の魅力もアップさせるという一石二鳥を狙いたいと考えたのだ。

 そうして生まれたものの一つが『もしドラ』だった。ドラッカーの『マネジメント』という作品は、もちろんまだ著作権はあるのの、本の中に少しだけ引用するのであれば使用許諾を取る必要がない。お金を払う必要もないため、予算が浮くのはもちろんのこと、内容も素晴らしくなり、一石二鳥であった。

 『もしドラ』がヒットした要因の一つには、このアイデアがハマったということがあった。そしてこの「アイデア」が生まれたのは、単なる閃きや思いつきではなく、長年積み重ねてきた知識や経験が活かされた結果でもあった。

 それもあり、ぼくは、『もしドラ』以降もこのアイデアを活用するところをずっと探していた。というのも、このアイデアは上述したさまざまな時代のさまざまな作品に応用が利くため、古びるということがないからだ。モチーフとするものを変えるだけで、何度となく使える極めてすぐれたスキームだったのである。

 

 

 

 井筒さんが絵本の執筆を引き受けてくれたとき、ぼくはふとこのスキームのことを思い出した。そうして、今こそこのスキームを再度活かすときなのではないかと直感したのである。

 そう直感したのには理由がある。それは、井筒さんの過去の作品をインターネットで検索していたとき、非常に興味深いイラストを見つけたからだ。それは、井筒さんが描いた夏目漱石の似顔絵だった。井筒さんはそれを、夏目漱石の『門』という文庫本の表紙に描いている。

 このイラストは、インターネットで「井筒啓之 夏目漱石」で検索してもらえればすぐに見つかるので、ぜひ皆さんにも見ていただきたいのだが、非常に魅力的だ。夏目漱石の有名な肖像写真を、井筒さん独特のシンプルなタッチで色数少なく描いているのだが、それがかえって夏目漱石という人間の内面の迫力を醸し出すことともなり、見る者の胸に迫ってくる。ぼくは一発でこの絵の虜になった。

 井筒さんはとても器用な方で、実にさまざまなタッチで絵を描くことができるのだが、ぼくはもし井筒さんに絵を描いていただけるのなら、まさにこのタッチで、この手法で描いていただきたいと思った。

 そして、その思いが前述したスキームと結びつき、一つのアイデアとして思い浮かんだのである。そのアイデアとは、井筒さんに「世界の偉人」の肖像画を描いてもらい、それを絵本にする――というものだった。

 

 

 

 

 動物にしても昆虫にしても、彼らの体自体、非常にすぐれたデザインになっているにもかかわらず、当然ながら著作権料を払う必要がない。その意匠をいくら使おうとも、使用料はタダである。

 普通、すぐれたデザインを勝手に使用すれば、すぐにパクりだと言われ炎上してしまう。しかし動物や虫のデザインなら、いくら使っても誰からも責められない。こんな美味しい話はなかなかないのだ。

 そのことを知ったとき、ぼくは「偉人の肖像」というものも、動物や虫と一緒ですぐれたデザインであるにもかかわらず、どれだけ使っても誰からも文句が言われないということに気がついた。

 

 ところで、ぼくは必ずしも勉強ができないわけではなかったが、数学は苦手だった。特に高校生になると、授業がちんぷんかんぷんとなりついていけなかった。

 おかげで、授業中は先生が何を言っているのかもよく分からず、また教科書も何を書いているかよく分からなかったため、ずいぶんと暇な思いをした。そこで、暇を潰すためにと教科書をぱらぱらとめくりながら、そこに載っているあるものをずっと見ていた。

 そのあるものとは、歴史的な数学者の肖像だった。数学の教科書には、数式やその説明などに加え、それを生み出した数学者の肖像がよく載っていた。ピタゴラス、ニュートン、オイラー、ガウス、ガロアなど、彼らが遺した数学的な業績というのはなかなか理解できなかったものの、肖像画が醸し出す迫力には大きな興味を覚えた。数学を十全に理解できないぼくにでさえ、彼らの偉大さというものは、肖像画を通して感じることができたのだ。

 おかげで、彼らの肖像画を見ていたら飽きることがなかった。それどころか、彼らの内面に思いを馳せていると、妄想がどんどんと膨らんできて、かえって有益な時間を過ごすこともできた。しかもそこで、数学者の肖像画を見ながら「どんな人なのだろう?」「どんな生活をしていたのか?」「何を考えているのだろう?」などと彼らのキャラクターにあれこれと思いを巡らせていたことが、後年、小説を書いたり脚本を書いたりするときなどに、非常に役立ったのである。

 そういうふうに、偉人の肖像画というのは見ているだけで面白い。このことは、数学者だけではなく哲学者や音楽家や画家や科学者や政治家や軍人など、あらゆる分野の偉人の顔にも当てはまる。

 だから、それを井筒啓之さんに描いてもらえば、さらに面白くなるのではないだろうか。なにしろ夏目漱石の肖像画をあれだけ魅力的に描けるのだから、他の偉人もそれと同じくらい、あるいはそれ以上に魅力的に、興味深く描いていただけるのではないだろうか。

 そして、もしそれを描いていただけたら、使用料を誰に払わなくてもいい! 使用許諾を誰に取らなくていい! おかげで、編集の手間や予算は大幅に省けるのである。

 それは、ぼくが長年暖めてきたさまざまなものが融合して生まれたアイデアだった。そしてぼくは、それを井筒さんにぶつけた。井筒さんの描く夏目漱石がいかに魅力的かを蕩々と述べ、その上で、彼の描く他の偉人の肖像画も見てみたいと、率直に申し入れた。

 

 そうして生まれたのが『もんだい』という絵本だった。その内容を上手く説明することはできない。なぜなら、そこではただ、偉人たちの肖像画が、井筒さんの素晴らしい筆致で描かれているだけだからだ。

 しかしながら一方で、その魅力は「説明するまでもない」といえる。なぜなら、ただでさえ魅力的な偉人たちの顔が、井筒さんの魅力的な筆致によってさらにその魅力を倍増させているのだから!

 なので、この絵本については何も言うことがなく、ただ見ていただきたいだけである。そうすれば、きっと分かってもらえるはずだ。

 

 次回は、井筒さんの企画とほぼ同時期にスタートした、もう一つの企画についてお伝えしたい。

 

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