• 83年前に祖父が創業した児童書出版社を突然引き継ぐことになった『もしドラ』作家・岩崎夏海。
    何の興味もなかった社長業で、50余名のスタッフを率いながらドラッカーの教えはどう活きる!?


第八回  編集者はいい加減であれ?

 
 ところで、ぼくは絵本の編集をするようになってから初めて「児童書の出版事情」というものを勉強した。これまでビジネス書を書いてきた関係で大人向けの本の出版事情なら多少なりとも知っていたが、児童書については不見識だったからだ。また岩崎書店の出版事情についても、恥ずかしながらほとんど知らなかったため、併せて勉強した。
 
 すると、なかなか興味深い実情が見えてきた。
 
 まず、近年の出版業界は売上げ減の大きな傾向がある中で、児童書だけは比較的堅調に推移していた。それにはいくつかの要因があるが、最も大きいものの一つに「紙の絵本を読ませたい親が増えた」ということがあった。
 
 これについては、少々込み入った事情がある。
 
 ファミレスやショッピングモールなどへ行くと、幼い子供を連れた母親をよく見かけるが、近年ではその子供が電子タブレットを持っている場合が多い。なぜかというと、タブレットを与えられた子供はとても静かにしているからだ。彼らは特に動画が好きで、YouTubeをはじめとして何時間でも飽くことなく見ていられる。そして、その間はじっとおとなしくしている。
 
 これは、親にとってはとても都合がいい。なぜなら、子供が静かにしている間に、買い物や大人同士の会話など、したいことに集中できるからだ。先日も、デパートを歩いていたら向こうからベビーカーを押した若いお母さんが歩いてきたのだが、それに乗っていた二歳くらいの女の子の小さな両手には、しっかりとiPadが握られていた。
 
 そんなふうに、今や幼い子供を連れた親にとってタブレットは必需品ともいえる存在だ。だったら、タブレットで絵本を読む子供も増えそうなものだが、そうは問屋が卸さない。そこのところが、この現象の興味深いところだ。
 
 どいうことかというと、幼い子供を持つ親は、そんなふうに普段からタブレット漬けになっている我が子を見て、やがて不安になってくるのだ。あまりにもタブレットへの依存度が高いため、教育的に何か問題があるのではないかと落ち着かなくなってくる。
 
 今の親世代は、幼かった頃にはまだタブレットもYouTubeもなかった。だから、自分が経験していないことを子供にさせているため、そのことの不安がどうしても拭えない。
 
 おかげで彼らは、やがてその不安を拭うための行動に出る。それが、子供に「紙の絵本を与える」ということなのだ。
 
 絵本というのは、内容もそうだが「紙である」ということが子供の心身に良さそうな印象を与える。だから親たちは、タブレット中毒になった子供への解毒作用を期待するのだ。絵本にタブレットの毒を中和してほしいと望むのである。
 
 それもあって、最近の紙の絵本は売上げが堅調なのである。その一方、ほとんどの親は間違っても絵本の電子書籍を買ったりはしない。なぜなら、子供をタブレットから引き剥がすことを目的としているのだから、電子書籍では意味がないのだ。
 
 そのため、絵本の電子書籍というのはほとんど売れない。岩崎書店でも売れないから、最近ではあまり電子書籍化しなくなった。
 
 ところで先年、タレントの西野亮廣さんがベストセラーとなった絵本『えんとつ町のプペル』の電子書籍版を無料公開して話題になった。多くの人は、「売り物をただで公開するとは太っ腹だ」と驚いたが、絵本は電子書籍では全くといっていいほど売れないため、実は彼の施策も売上げにはほとんど影響はなく、それほど太っ腹というわけではないのだ。
 
 そんなふうに、タブレットの複雑な後押しもあって、児童書は売れている。そんな中でも最も売れているのがロングセラーの絵本である。『いないいないばあ』や『ぐりとぐら』『しろくまちゃんのほっとけーき』といった、もう40年以上も前に発売された絵本がいまだにベストセラーの上位に食い込んでいる。
 
 これにもちゃんと理由がある。
 
 人間というのは不思議なもので、大人は誰でもかつては子供だったはずなのに、大人になると子供の気持ちというのが分からなくなる。だから、ほとんどの親は「子供はどのような絵本を好むか」といことの見当がつかない。
 
 そんなとき、唯一頼りになるのが自分が子供だった頃の経験である。自分が子供だったときにどのような絵本が好きだったかということだけは、朧気ながらも覚えている。だから、自分が子供の頃に読んでいた絵本を、子供にも買い与えるのだ。これなら、子供が面白いと思ってくれる可能性も高そうに思えるし、たとえ面白いと思われなくても、最悪自分が読んで懐かしめばいい。
 
 そんなふうに考える親が多いため、ロングセラーの絵本というのはいつまで経っても売れ続けるのである。
 
 ところで、実はこの「ロングセラーの絵本が売れる」という現象が、岩崎書店のウィークポイントの一つともなっている。というのも、岩崎書店にはロングセラーの絵本が少ないからだ。
 
 なぜかというと、岩崎書店は創業してから80年以上の歴史があるものの、長い間「図書館向けの本」ばかりを作ってきた。一般向けの絵本を作り始めたのは1960年代になってからだ。
 
 そのため、絵本というジャンルにおいては他の児童書の出版社と比べるとヒット作が少ないのである。ロングセラーといえる作品は、『モチモチの木』などほんの数点にとどまっている。
 
 そうしたこともあって、岩崎書店は必ずしも今の児童書の好景気の恩恵を十全に受けているわけではない。ただ、近年は図書館の数が増え、以前よりも図書館向けの本の需要は拡大した。また図書館向けの本の売上げは、近年の出版不況とはあまり関係なく、ほとんど落ち込んでいない。そして岩崎書店は、今でも図書館向けの本を数多く作っているから、その面では非常に助かっている。
 
 
 

 
 
 そんなふうに、児童書の出版事情や岩崎書店の出版事情は、いいこともあれば悪いこともあるという、文字通り一進一退の中で推移していた。ただ、それでも近年の出版業界全体を覆う不況の波の影響は大きくて、最盛期に比べるとじりじりと売上げを落としているのは確かだった。
 
 それもあって、ぼくにはこのじり貧状況を覆すような新しい企画の立案が求められていた。そうして最初に作ったのが、前回紹介した絵本『もんだい』であった。
 
 ところで、この『もんだい』という絵本は、作り始めてから出版するまで一年以上かかった。そこであらためて認識したのは、本――とりわけ絵本を作るのにはとても長い時間がかかる――ということだ。これについても、少しだけ説明をしておきたい。
 
 絵本というのは、あらためて考えると難しいビジネスである。どういうことかというと、簡単には儲からないのだ。なかなか黒字化しないのである。特に、著者が黒字化するのが難しい。
 
 例えば、1000円の絵本を出版するとき、印税が10パーセントだと、1冊売れれば100円が入ってくる。だから、これを1万部刷ると100万円になるのだが、絵本というのは1万部売れればもうそれで大ヒットの部類なので、そこまで到達する作品はなかなかない。
 
 そうなると、絵本だけで年収300万円を稼ごうと思ったら、そのヒット作を年に3冊も出す必要がある。これははっきりいって至難の業だ。ヒット作を出すこともそうだが、何より描くことに時間がかかるため、年に3冊も出すのは物理的に不可能なのである。
 
 おかげで、専業の絵本作家というのは今日の日本ではなかなか成立していない。実際、ほとんどの絵本作家は他の仕事と兼業している。例えば『もんだい』の作者である井筒さんの場合は、イラストレーションの仕事の合間に絵本を描いてもらった。それもあって、1年以上の時間がかかったのである。
 
 そういう事情があるから、逆に編集の仕事というのは、1冊に集中して作ればいいというわけではない。それだと売上げが全く立たないから、何冊もの絵本を同時並行して作る必要がある。
 
 
 

 
 
 例えば岩崎書店の場合だと、編集者一人あたり年10冊くらい作るというのが一つの目安となっているのだが、それぞれ1年以上の制作期間がかかるとなると、10本の企画を同時平行で編集する必要が出てくる。そういうふうに、常にたくさんのタスクを抱えながら仕事をしなければならないのだ。
 
 しかも、さらにそこで難しいのは全ての仕事がタイムスケジュール通りに行くわけではないということだ。井筒さんの企画はむしろ早かった方で、スケジュール通りに終わらない仕事の方が多いのである。
 
 例えば、ぼくが担当する作家さんには、描き始めてからすでに2年が経過したもののいまだに完成しない人もいるし、あるいは企画したままなかなか手をつけてもらえていない人もいる。
 
 それなどはまだいい方で、長い時間をかけて打ち合わせをしたのに、途中でポシャってしまった企画さえいくつかある。
 
 そんなふうに、企画というのは先行きがなかなか読めない。そういう中で、編集者は臨機応変にものごとを進めていく必要がある。だから、過度に計画にこだわると、破綻したときのリカバリーがうまくいかない。それよりは、多少ゆるめに「できたものから順に出す」くらいのアバウトさが必要となってくる。
 
 そのため、編集者というのは神経質ばかりでは務らないところがある。どこかでおおらかさ、あるいはいい意味でのいい加減さが必要となってくるのだ。
 
 ぼく自身は、どちらかというと神経質な方なので、これに苦労した。実際、作家をしているときはものごとを計画通りに進める方だったから、締切はほとんど遅らせたことがなかった。
 
 しかし編集の仕事を始めてわかったのは、そういう作家はむしろまれだということだ。ほとんどの作家はスケジュール通りに進行することがなく、遅れることは当たり前なのである。
 
 そのため、スケジュール通りに描いてくれる人はむしろ貴重だった。井筒さんもそのうちの一人だったが、ぼくが編集した作家さんではもう一人、スケジュールどおりに描いてくれたのはもちろんのこと、ほとんど打ち合わせもしないままに描き終えられた作家さんもいて、このときには逆にこちらが何もしていないようで、申し訳ない気持ちにさえなった。
 
 そのほとんど打ち合わせをしないままに描いてくれた作家さんとは、影山徹さんである。次回は、影山さんが描いた『空からのぞいた桃太郎』について紹介したい。
 

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