• 83年前に祖父が創業した児童書出版社を突然引き継ぐことになった『もしドラ』作家・岩崎夏海。
    何の興味もなかった社長業で、50余名のスタッフを率いながらドラッカーの教えはどう活きる!?


第十回  「知的な絵本」を作りたい

 児童書の編集者になったときから、ぼくは、ぼくが考える「絵本の良さ」を突き詰めた作品を作りたいと考えていた。というのも、ぼくには絵本についての明確なビジョンがあった。それは「高度な思考力を要求される、あるいは好奇心をこれ以上なくくすぐられる絵本を作る」というものだ。端的にいうと、「知的な絵本」を作りたかった。

 

 では、「知的な絵本」とは何か?

 それは、読んでいるといろいろ考えさせられる絵本のことだ。「考えさせられる」というより、もっと積極的に「考えたくなる」絵本だ。思わず考えたくなり、しかもそれを楽しめるということだ。

 では、「思わず考えたくなり、しかもそれを楽しめる」とはどういう状態か?

 実は、それを一言で表す言葉がある。それは、漢字一文字で表せる。

 何かというと、「謎」である。「謎」というのは、「思わず考えたくなり、しかもそれを楽しめる」というものの最たる例だ。

 

 この世界には、謎をテーマにした絵というものの系譜がある。古来より、謎は絵にとって最もポピュラーな画題の一つだった。

 例えば、一八世紀に活躍したウィリアム・ホガースという画家がいる。彼の絵には、さまざまな人物が登場する。一つの絵に、一〇人以上が描かれることもざらである。

 そして、その登場人物の一人一人が、てんでにバラバラな表情をしていたり、ポーズを取っていたりするのだ。そこでは、一人一人の個性が際立っている。

 だから、それを見た人は必然的に考えさせられる。

「この人たちは何をしているのだろう?」

「この人たちは何を考えているのだろう?」

 そんな風に、疑問を抱かずにはいられないのだ。

 普通、絵に描かれる人々というのは、それが大勢の場合、無個性的な「群衆」として描かれることが多い。例えば、やっぱり謎をテーマにした画家の一人にブリューゲルがいるが、彼の作品に描かれた群衆を見ても、「何をしているのだろう?」と考える人は少ない。それは、していることが分かりやすいということもあるが、彼らは「群衆」という一つの記号として描かれているので、個性が重要であるようには感じられないからだ。

 それに比べるとホガースは、同じ空間の中にいる同じ時間を共有している人たちを描いているにもかかわらず、一人一人の個性がしっかりと描き分けられていて、けっして「群衆」とは感じられない。そのため、彼らの表情の一つ一つ、ポーズの一つ一つが一種の謎として提示されるのだ。彼らが何をしていて、何を考えているのか、つい考えさせられるのである。

 

 

 あるいは、小説『不思議の国のアリス』の挿絵を描いたジョン・テニエルという人がいる。この人の絵も、大いなる謎を我々に提供してくれている。

 もちろん、テニエルの絵は『不思議の国のアリス』という物語の内容に即してはいるのだが、それをただ写し取ったというだけではなく、そこに含まれている謎を増幅するような描き方をしている。そうして、ある種のだまし絵のような効果を生み出しているのだ。

 例えば、主人公のアリスは、少女らしいかわいい容姿をしているのだが、一方で大人びた顔に描いてもいて、どこか不気味さも感じらせる。またトランプの兵隊は、彼らがトランプなのか人間なのか、平面なのか立体なのか、分からないような描き方をしている。だまし絵的な技法を駆使して、そのちょうど中間のようなものとして描かれているのだ。

 そのため、この絵を見た人は自然と「これは何だろう?」と思わずにはいられない。単に見ているだけで、そうした疑問が湧いてくる。そういう謎に満ちた絵――つまりすぐれて知的な絵なのだ。

 

 テニエルと同様に、『ドン・キホーテ』の挿絵などを銅版画で描いたギュスターヴ・ドレも、知的な絵を描く存在として有名だ。例えば、馬にまたがったドン・キホーテと驢馬にまたがったお供のサンチョ・パンサが道を移動している有名な絵があるのだが、ここでの二人はまるで何かを話し合っているように見える。だから自然と「何を話しているのだろう?」という興味と、それに伴うさまざまな謎が浮かび上がってくる。

「なぜ二人は乗っている生き物が違うのだろう?」

「なぜ二人は格好が違うのだろう?」

「サンチョ・パンサは向こうを向いているが、一体どういう表情をしているのだろう?」

「ドン・キホーテは無表情だが、一体何を考えているのだろう?」

 などなど。この絵に限らず、ドレの絵はどれもそういう想像力を湧き起こさせるという意味では一級品だ。

 

 あるいは、たくさんのだまし絵を描いたエッシャーは、多くの人の知るところだろう。彼は、さまざまな概念が交差する、そのちょうど中間を描くことを一つの主要なテーマとしていた。例えば、立体と平面の中間を描いたり、鳥と風景の中間を描いたり。難しい言い方をすると、具象と抽象の中間を描いたりもした。そういうふうに何かの中間を描くことによって、「概念とは何か?」という謎を我々に突きつけているのだ。

 

 前置きが長くなったが、そういう知的な絵の系譜というものがあって、今度絵本の執筆を依頼した影山徹さんは、そこに連なる日本の第一人者なのである。いや、世界の第一人者といっても過言ではない。

 例えば、影山徹さんの代表作の一つに、上橋菜穂子さんの小説『鹿の王』の装画がある。『鹿の王』は、登場人物も多く、また舞台も多岐に渡る大河ドラマなのだが、それが上巻と下巻の二枚の表紙の絵に、まるでだまし絵のようにすっぽりと収まっている。そのため、小説を読み終わった後にその表紙を眺めると、小説に登場したさまざまな場面や登場人物などが自然と思い起こされる。

 このとき、上橋菜穂子さんの小説は非常に立体的な構成になっているため、奥行きが感じられるのだが、影山さんの絵はその逆に二次元に圧縮されているため、奥行きが失われている。おかげで、まるで空間がねじ曲げられたかのような、エッシャーのだまし絵を見ているかのような、不思議な感覚を味わえるのだ。

 影山さんは、そういう知的な絵を描くことを持ち味としていた。画面をさまざまな謎で満たすことを得意としていたのだ。

 だからぼくは、影山さんに絵本を描いてもらうとしたら、必然的に「知的な絵本」になるだろうと思った。そのため、そこでお願いしたいテーマもあらかじめ決めておいた。それは、日本人なら誰もが知っている、一つの有名な昔話を描いてもらうーーというものだ。日本人に最も親和性の高い、ある「神話」を絵本にしてもらおうと思ったのだ。

 それは何かというと「桃太郎」である。ぼくは、影山徹さんに「桃太郎」の絵本を描いてもらいたいと思ったのだ。

 

 なぜ「桃太郎」かというと、それはこの物語の中に無数の謎がちりばめられているからだ。「桃太郎」は、世界文学の名作中の名作である『ドン・キホーテ』や『不思議の国のアリス』にも匹敵するくらい、さまざまな謎を読者のうちに自然と想起させる強い力を持っている。

 では、桃太郎の謎とは何か?

 それは、言い始めればきりがなく、本を一冊書けるくらいの分量になってしまうためここでは大幅に割愛させていただくが、一つだけ挙げるとするならば、それは「桃太郎が何を考えているか分からない」ということだ。

 古来より、「桃太郎」の中では主人公の内面がほとんど描かれていない。平たくいうと、桃太郎が何を考えているか分からない。それは謎なのである。物語内に提示されていないのだ。

 普通、物語というものの主人公は、その内面が描かれる。例えば『レ・ミゼラブル』に代表されるヨーロッパの教養小説なら、まず主人公の挫折や内面の葛藤が描かれて、それを克服するということが大きなテーマとして提示される。

 しかし、桃太郎には徹頭徹尾、そういう挫折や葛藤がない。彼は、生まれるとそのまますくすくと成長し、何一つトラブルに遭遇しないのだ。そして鬼退治へと向かうのも、直接的な動機がない。単に「鬼が悪だから」という理由しか提示されない。おかげで読者は、なぜ桃太郎が鬼退治に向かうのか、考えさせられる羽目になるのだ。

 そしてだからこそ、この物語は古来より人気があった。その謎が面白くて、多くの子供たちの興味を引いたのである。

 ところが、近年ではそうした謎に対して、ある程度の答えを用意するケースも増えている。例えば、現代の日本人にとって最も親しみがあるのは、松居直が文を書き赤羽末吉が絵を描いた福音館書店版の『ももたろう』なのだが、この作品ではももたろうが鬼退治に行く理由を、「近隣の村で略奪行為をくり返す鬼から、村人たちを救うため」としっかりと説明している。

 しかし、これはあくまでも彼らの創作であって、もとの昔話ではそうした説明がなされていない。おかげで、福音館書店版の『ももたろう』は、従来に比べてずいぶんと分かりやすくなってしまった。また、その分「謎」の面白さも減退してしまっている。不可思議さが減って、きつい言い方をすれば「知的さ」も損なわれているのだ。

 だからぼくは、知的さを損なわない「桃太郎」を再生したいと思った。それをもう一度作り直したいと思ったのだ。

 そして、それをできる存在は、今は影山徹さんしかいないと思ったのである。「桃太郎」が本来持っていた知的な楽しさを、その謎に満ちた絵で蘇らせてほしいと考えたのだ。

 

 二〇一五年の十一月に、ぼくは思い切って影山徹さんに絵本執筆依頼のメールを出してみた。前述したように、影山さんには以前、ぼくの書いた小説の表紙を描いていただいたこともあるので、つてがないわけではなかった。しかしこのときまで実際にお会いしたことはなかったので、ぼくのことをどのように思ってらっしゃるかは分からず、そのため「勝算」というものが全くなかった。影山さんが仕事を受けてくれるかどうかはもちろん、お返事をもらえるかどうかさえ未知数だった。

 ところが、結果からいうとこの企画はその後、とんとん拍子に進むことになる。すぐにメールのご返信をいただいたのはもちろん、打ち合わせもすぐにさせていただいた。そして、一度会っただけで執筆をご快諾いただいた上、なんとその次の打ち合わせで下描きまで描いていただいたのだ。しかもその下描きは、実際に刊行された本の絵と寸分違わぬほど、精緻に作り込まれたものだった。

 影山さんは、その描く絵と同様とても知的な人だった。だから、たった一度の説明で、ぼくのビジョンを瞬時に読み解き、その目指すべきコンセプトも即座に把握された。そればかりか、そこで描くべき絵さえも瞬時にイメージされた。そうして、驚異的な速さで三二ページの画面を構成されたのである。

 この絵本は、二〇一七年九月に刊行された。その出来映えがどのようなものになったのかは、ここではこれ以上説明できない。なぜかというと、それを説明してしまうと、それが一種の「答え」ともなってしまうため、初めて読む読者の興を損なうことにもなるからだ。読者がそこで謎を読み解く楽しみを奪うことになってしまうのである。

 だから、陳腐な言い方になってしまうが、これは是非、実物をご確認いただきたい。そうすれば、そこで必ずや謎が浮かび上がり、知的な楽しさを味わっていただけることをお約束させていただく。

 

 次回は、そんな編集者として悪戦苦闘していたぼくの前に立ちはだかった「新たなる試練」についてお伝えしたい。

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