• 83年前に祖父が創業した児童書出版社を突然引き継ぐことになった『もしドラ』作家・岩崎夏海。
    何の興味もなかった社長業で、50余名のスタッフを率いながらドラッカーの教えはどう活きる!?


第十二回  他者と違うことをする

 

 経営というのは、業界が好調であればあるほどやりやすい――多くの人はそう考えるだろう。しかし、ぼくはそうは思わない。むしろ、業界が不調のときの方がチャンスがある。そのことが、ぼくが社長を引き受けた最も大きな理由の一つだ。今回は、そのことを書いてみたい。

 

 ところで、皆さんは株をされるだろうか。株の売買だ。今はアベノミクスの影響で株価が上がっているため、売買も活発になっている。だから、それをきっかけに株を始められた方というのも、もしかしたらいらっしゃるかもしれない。

 

 この株というのには、実は誰でも知っている必勝法がある。これをやれば誰もが稼げる、黄金の法則というものが存在する。

 それは、「安く買って高く売る」ということである。これさえ守れば、誰でも株で儲けることができる。

 では、なぜ皆がこれをやらないかというと、一言でいえば「難しい」からだ。一見簡単なようで、実際は超絶的な困難事だ。

 

 特に難しいのが、高く売るのもそうだが、安く買うことが難しい。

「株が安い」というのは、どのような状況か?

 そこにはいろいろな要素があるだろうが、最も本質的なのは「評価が低い」ということである。「人気がない」ということだ。その株を買おうとする人が少なく、むしろ売りたい人が多いということである。

 

 これが、株を「安く買う」ことを難しくしている。多くの人は、みんなが価値を認めないものに価値を認めにくい。特に、日本人は認めにくい。

 なぜなら、日本人は主体性が少ないからだ。それよりも、和を以て尊しと為す。自分がいいと思うものより、みんながいいと思うものに価値を見出す。自分が好きなものより、みんなが好きなものを買いたい。そういう習性が、骨の髄まで染み付いているからだ。いわゆる付和雷同というやつだ。

 

 そのため、多くの人は安い株を買うのが苦手だ。株は安く買った方がいい――すなわち人気のないものを買った方がいいと頭ではわかっていても、どうしても踏ん切りがつかないからである。

 

 しかし、だからこそそこで安い株を買うことができると、大きく儲けることができる。みんながやらない分、希少性さえ発揮できる。儲けを独占できるのだ。

 おかげで、株で比較的簡単に、しかも確実に勝てるようになる。安く買って高く売るというのが、文字通りの必勝法になる。しかも、ローリスク・ハイリターンの何度でも美味しい必勝法となるのだ。

 

 事業というのも、実はこれと同じである。すなわち、儲かっていて人気のある業種ほど、実は儲けるのが難しい。その逆に、儲かっていない人気のない業種こそ、儲けのチャンスは大きいのだ。

 

 人気のある業種がいかに儲からないかの代表例としてよく語られるのは、1848年に起きた、米・サンフランシスコでのゴールドラッシュのエピソードだ。

 サンフランシスコでは、1848年に起こったゴールドラッシュによって、翌1849年にアメリカ中から夥しい数の人々が集まってきた。ちなみにその人たちを「49ers」という。49年に集まってきたからそう呼ばれた。有名なプロアメフトチームのニックネームは、ここからとられている。

 

 しかし、この「49ers」は、ほとんどの人が儲けることができなかった。それもそのはずで、そもそも48年のゴールドラッシュで、金はあらかた取り尽くされてしまっていた。その上に大量の人々が集まったおかげで、ただでさえ残り少なかった金を少量ずつしか分け合えなかったのだ。

 

 ただし、そんな中でも商魂逞しく設けた人たちが「3人」いたという。

 1人目は、金を掘るのに欠かせないツルハシを売った人。

 2人目は、金を掘るのに必要な資金を貸し出した人。

 3人目は、金を掘るのに必要な作業ズボンを売った人。というのも、当時のズボンは破れやすく、金を掘るのには不向きだった。そこである事業家が、丈夫な馬車の幌に用いられている生地をズボンにし、売り出した。そうしたところ、大ヒットしたのだ。

 ちなみに、そのズボンを開発した事業者の名前はリーバイ・シュトラウスという。かのリーバイスの創業者だ。つまりジーンズは、ゴールドラッシュの副産物として作られたものだった。

 

 そういうふうに、本当に儲かる事業は、好調な業界そのものにはない。むしろ、それに隣接するところに得てしてある。そういう事業を、その名も「ツルハシビジネス」という。

 

 それとは逆に、不調な業界には、簡単な儲け口がある。

 例えば、カセットテープという商品がある。30歳以上なら知っている人も多いかと思うが、音楽の記録媒体だ。昔はこれに録音して音楽を聴いていた。ただし今は、ほとんど見かけなくなった。あまりにも古いテクノロジーなので、すっかり廃れてしまったのだ。

 

 このカセットテープのソフトを製造している会社が、今でもアメリカにある。なんと、たった一社しか残っていないらしい。

 もうカセットテープなんてほとんどの人が使わないから、その会社はそろそろ潰れるのではないか? と考えがちだが、実はそうではない。なんとその会社、創業して50年くらい経つのだが、最も大きな売り上げを上げたのが去年なのだ。去年、史上最高の売り上げを記録したのだという。

 

 なぜそんなことになったのかといえば、ライバルがいないからだ。業界があまりに不調すぎて、他の会社がバタバタと潰れてしまった。おかげで、全ての注文がその会社に舞い込むことになった。

 また、カセットテープ業界では、カセットテープを製造する機械を、もう製造してない。そのため、新しい会社が参入することが難しい。なにしろ、カセットテープを製造する機械が手に入らないからだ。その会社も、古い機械を修理しながら使っている。

 

 しかし実は、ここにもからくりがある。実はその会社、ある時点から、カセットテープ業界において最も貴重な「技術」というのは、実はカセットテープを製造する技術よりも、そのカセットテープを製造する機械を修理する技術であることに気づいたという。そここそが生命線だと気づいて、こつこつと磨きをかけてきたのだ。そういう職人を、人知れず育成してきたのである。

 

 おかげで、完全なる独占状態を作ることができた。その技術を他社が持っていないから、誰も参入できなくなったのだ。そうなると、価格競争も免れるので、事業は一気に健全化した。

 

 そういうふうに、廃れゆく業界でこそ、逆に儲かったり、健全化したりする会社が出てくる。この現象にもちゃんと呼び名があって、それは「残存社利益」だ。苦しい業界を生き残った者が逆に儲かることから、この名がついた。大きなトラブルが起きたときに、みんなと同じで逃げるのではなく、逆にそこにとどまることで大きな利益を得ようという考え方である。その意味で、人気のない株を買うこととも似ているのだ。

 

 ぼくは、出版社の社長をするならこの方針しかない、と思った。 いやむしろ、この方針を取れば、大きく儲かったり、健全化したり、成長できたりするのではないかと考えた。だから社長を引き受けたのだ。

 

 

 さて、そうして引き受けた社長なのだが、この「残存者利益を狙う」という戦略を選択したときに、必ずしなければならないことがある。逆にいえば、絶対にしてはならないことがある。それは「他者と一緒のことをする」ということだ。

 

 他者と一緒のことをしていたのでは、絶対に生き残れない。前述の例を思い出してほしい。「人気のない株を買う」というのは、他者とは違うことだ。「ゴールドラッシュの時代に金を掘らない」というのも、他者と違うことだ。「カセットテープが廃れる時代に、カセットテープを作り続けたり、機械を修理したりする」のも他者がやらないことだ。

 

 残存者利益は、他者がしないことをするから得られる。他者と同じことをしないから不景気に巻き込まれず、健全化や成長が計れるのだ。

 だから、ぼくは出版社の社長になったときにも、他者と違うことをしようとした。他の会社が絶対にやらないことをしようとしたのだ。

 

 

 ところで、「他者と違うことをする」というのは、簡単なようで難しい。それは選択肢が多すぎるからだ。他者がすることというのはたいてい決まっている。ゴールドラッシュの時代には、みんな金を掘った。だから、他者と違うことをするためには、単に金を掘らなければいいだけだ。しかし、それだと選択肢が多すぎる。

 

 そんなときに、何を選べばいいのか?

 ここでも参考になるのは、ゴールドラッシュやカセットテープの事例である。それは、「隣接する事業を狙う」ということだ。

 

 ゴールドラッシュの場合は、ツルハシや金融やジーンズといった、隣接する事業にこそ本当の金脈があった。カセットテープの場合も、カセットテープを作る機械の修理に習熟するという隣接する分野にこそ生き残りの鍵があった。

 出版社も、出版そのものではなく、実は隣接する事業にこそ生き残る鍵がある。

 

 あるいは、「逆張り」という戦略もある。カセットテープは、まさに逆張りだ。みんながカセットテープの製造をやめる時代に、あえて粛々と続けたのだ。

 

 そこで、ぼくは考えた。児童書の出版社において、隣接する事業、あるいは逆張りとは一体何か?

 

 すると、そこで出てきた一つのキーワードがあった。その事業は、必ずしも出版社の専門分野ではない。むしろ隣接する事業だ。また、本質的な逆張りというわけではないが、今は多くの出版社がそういう本を出さなくなっている。その意味では「逆張り」にもなるかなと思った。

 

 何かというと、「教育」である。それもアカデミック――つまり学問的な教育だ。

 こう聞くと、必ずしも「隣接」でもなければ「逆張り」でもないように聞こえるかもしれない。しかし、今の出版社において、これは必ずしも本流ではないし、順当でもない。なぜかというと、昨今は自己啓発的な学び、あるいはコミュニケーション術やお金の儲け方といった、すぐに役立つ知識なら重宝されるものの、それ以外の一見役に立つかどうか不確かなアカデミックな知識というものは、必ずしも求められていないからだ。

 

 最近では、本の内容は薄く簡単なものが好まれるようにもなっている。小難しいのは、それだけで敬遠される。本が厚ければ厚いほど、つまり情報が多ければ多いほど、かえって疎まれるという傾向すらあるのだ。

 

 そうした中で、あえてアカデミックな教育の分野を狙ったのである。それは今の時代、あまり他者がやっていないことなのだ。

 ぼくは、そういう方向に舵を切った。数ある選択肢の中から、そこにこそ「他者と違うこと」を求めた。

 

 では、そこでどんな本を企画したのか?

 次回は、その具体例について見ていきたい。

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