第一話

ご挨拶のようなもの

これから私が書こうとしているものは紀行文だろうか。それとも高野山と空海と真言密教をめぐるエッセーみたいなものだろうか。あるいは本業の小説に近いものだろうか。せっかくの機会だから、それらいずれでもないものをめざしたいと思うのだが、うまくいくかどうかわからない。いずれともつかない中途半端なものに終わってしまう可能性もある。

だから「航海日誌」と、とりあえず逃げを打つことにした。その心は? 風まかせ、潮まかせで、気ままに船を操ろう! 朝起きる。今日はこんな風が吹いている。波は? うねりは? 快眠であったか、快便であったか。よろしい。では、こんな感じでいってみるか。……というわけで、計画性がない。良く言えば即興の妙味。悪く言わなくても行き当たりばったり。こんなもの、いったい誰が読むのだろう。そもそもあなたにとって、高野山とは、空海とは、真言密教とは、いかなるものであるのか?

いかなるものでもなかった。つい半年ほど前までは。
最近は私の仕事をプロデュースしてくれている観のあるフォトグラファーKが、お酒の入った勢いでそそのかしたのだ。
それって、便乗?
はい、思いっきり便乗、という例をひとつ。昨年、『花子とアン』という某テレビ局の朝ドラが放送されました。私たちの「裏ななつ星紀行」で、筑豊は飯塚の旧伊藤伝右衛門邸を訪れたときのこと。伊藤伝右衛門といえば、ドラマの主人公・村岡花子のご学友、柳原白蓮のご主人であった人。

そんな薄〜いご縁なのに、私たちが訪れた伊藤伝右衛門邸はさながら『花子とアン』の資料館と化していた。
さらに、である。
門前ではちゃっかり「白蓮まんじゅう」なるものが売られていた! これを便乗と言わずしてなんと言う。
それにしても、大正三美人といわれた白蓮さんを「まんじゅう」にしてしまうとは。私たちもこのくらいの豪胆さをもちたいものだ。

やや! まだ航海ははじまってもいないのに、さっそく針路を見失いつつあるぞ。先が思いやられる。このままでは帆も揚げぬうちに終わってしまうかもしれない。とにかく出帆である。うまく風が吹いてくれるといいのだが……。
>>第二話に続く