第十七話

 明治五年(一八七二年)に禁制が解かれるまで、高野山では女性の山内への立ち入りを禁じていた。仏教の戒律に由来するのか、山岳信仰的なものなのかわからない。霊山ではなくても、山を女人結界とする伝統は、この国には古くから根付いていたようだ。周期的に出血をするため不浄であるからとか、山の神様は女性でやきもちを焼くからとか、いろいろな説があるようだが、本当のところはよくわからない。山仕事をする男たちのあいだには、いまでも無駄口を慎むというしきたりがある。山は危険な場所なので、注意力が散漫にならないためということらしい。

 女人禁制にも同じような理由があったとすれば、煩悩を遠ざけるという仏教的な戒律と似てくる。
 現在では聖と俗が混在する高野山であるが、千二百年前の開創期には僧侶のみが居住し、修行する聖域だった。女性の入山が認められるようになったあと、在家の人々もしだいに山上に居住するようになり、現在のように寺院と民家が混在し、共存することになった。つまり私たちがいま目にする高野山の姿は、明治以降の比較的新しい時代のものということになる。
 入山を禁じられた女性たちのために、各入口には女性のための籠り堂として女人堂が建てられた。また周囲の山の尾根には、御廟を拝みたい女性たちが経文を唱えながら巡ったという女人道があった。現存する女人堂は不動坂口のものだけだが、他の入口にも跡は残っているという。

 また女人道のほうはハイキングコースとして整備され、高野山の自然を満喫しながら摩尼山、楊柳山、転軸(天竺)山の高野三山をトレッキングすることができる。私も轆轤(ろくろ)峠まで登ってみた。唯一山内の伽藍を眺望できる場所と聞いていたが、あいにく植林された木々が成長して視界を遮り、ほとんど何も見ることはできなかった。近くには新設されたらしい電波塔が建っている。あの上に登れば何か見えるかもしれないが、命綱でもなければ落下落命の危険もありそうだ。
 峠を大門とは反対側に下ると、厳格な規律で知られる円通律寺に至る。女人禁制はもちろんのこと、関係者以外は立ち入りが禁じられている。

 寺へ至る山道の入口には、「ご参拝はできませんのでご注意ください」という看板が立っていて、思わず「すみません」と平身低頭して退散しそうになるが、勇気を出して訪れてみると、古い高野山の面影が損なわれずに残っている、じつに清浄な場所だった。人の気配がなく静かであるのはもちろんのこと、鬱蒼とした木立と、足元を覆う苔が美しい。現在も真言宗の僧侶をめざす人々の修行寺院となっているので、無闇に訪れることは控えたい。先ほどの轆轤峠から見ると、この円通律寺の近辺では道路工事が行われており、開創千二百年を機にトンネルも開通するらしい。こうして高野山も少しずつ変貌していくのだろう。あまりマイカーなどで押し寄せてもらいたくない、というのが個人的な願いではある。
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