第二話

 昨夜は飲み過ぎてしまった。「またしても」と言うべきだろう。ちょっとした記念日で、私たち夫婦と次男の三人は、近所のフレンチ・レストランへ出かけた。近所といっても歩いて行ける距離ではない。タクシーはダムをめざして走りつづけている。
「お客さん、こんなところにレストランがあるんですか」
 たしかに、あたりは真っ暗で人外魔境といった雰囲気だ。そもそもダムとレストランの取り合わせが、こうもり傘とミシンみたいでシュールだ。

 おしゃれなフレンチ・レストランというよりは、不老長寿の薬草探索にでも向かっているような趣き。
 だが人里離れた魔境に、ちゃんと店はあった。乗車時間は十五分くらいなのに、別世界にやって来た気分だ。無事に到着したことを祝って、まずシャンペンで乾杯した。少しずつ料理が出てくる。遊び心にあふれたアミューズから魚と肉のメイン、デザートまで含めて、どの料理もちょっと変わっていて楽しい。民家を改造した店の内装はセンスが良く、流れている音楽は私の好みだ。旦那がシェフで奥さんがセルヴーズという、アットホームな雰囲気も心地いい。

 なんの話だ? そう、飲み過ぎたのである。調子に乗って。あまりにも居心地が良かったものだから。いや、私にだって金銭感覚はある。注文したワインが、一杯いくらかくらいは頭に入っている。だから店では適量に抑えた。支払いも、それほど予算をオーバーしなかったはずだ。
 飲み足りない私は、家に帰ってから一人でウィスキーを飲みはじめた。このところ気に入っているシングル・モルトの「フロム・ザ・バレル」。アマゾンでまとめて注文した。こんな美味い酒を買い置いている、おれのバカ、バカ、バカ。

プルル、プルル……。
「もしもし、小平です」
「あっ、どうも」
「いま、どこですか」
「新大阪から難波へ向かっているところです」
「了解。特急『こうや』のホームで待ってます」
 博多から新大阪まで、新幹線で二時間三十分。車中、『空海の風景』を読み返そうと思っていたのに。昨夜は夜中に目が覚めた。そして自己嫌悪にかられた。飲み過ぎたときの、いつものパターンだ。

 こんなことを繰り返していたら、いずれ深刻な疾病に罹患してしまうに違いない。不安と恐怖で朝まで悶々として眠れなかった。おかげで新幹線のなかでは眠くて、司馬遼太郎どころではない。高野山へ向けて、清々しい気分で出発したかったのに。出だしからつまずいてしまった。残りのウィスキーは友だちにあげよう。そして高野山の清浄な空気を吸って心を入れ替えよう。御廟の前で弘法大師空海に誓いを立てよう。
 「もう飲み過ぎません。一日の適量を守ります。外で飲んだら家に帰ってからは飲みません。はらそうぎゃあていぼじそわか」
>>第三話に続く
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