第四話

 高野山へは大阪の難波駅から南海高野線で向かう。極楽橋まで快速急行で一時間半。ケーブルカーに乗り換えて、山上の高野山駅まで五分だ。本数は少ないが、特急を利用すればさらに早い。海抜八百メートルを超える聖地へのアクセスは、予想していたよりもいい。ケーブルカーには多くの外国人が乗り合わせている。
 若いバックパッカーの姿が目立つ。小平さんが近くに腰を下ろしている青年に話しかけている。

「彼、イタリアから来たんだって」
「こっちはドイツみたいですよ」
「テンプルに泊まるのかって訊いたら、そうだって」
「どっから情報を得るんですかね」
「インターネットだろうね。日本では他にはどこへ行ったのってたずねたら、東京、京都、そして高野山だってさ」
「彼らのほうが、日本の良さがよくわかっているのかもしれませんね」
「言えてる」

 ミシュランの日本版で高野山は三つ星を獲得しているらしい。そんなことはどうでもいいが、外国人が多いのは確かだ。狭いケーブルカーのなかでは、イタリア語やフランス語や英語やドイツ語が飛び交っている。京都や奈良も外国人が多い。とくに京都はフランス人が多いと聞く。レヴィ=ストロースやロラン・バルトをはじめとして、なぜかフランスのインテリには日本好きが多い。若くしてエイズで亡くなったエルヴェ・ギベールの小説のなかには、京都の苔寺の美しさに時間を忘れる、というシーンがあったように思う。

 有名どころではスティーブ・ジョブズも、若いころから禅と深くかかわり、京都の寺の静けさに心を奪われてきた一人だ。彼の伝記には、末期の癌で死を覚悟したジョブズが、子どもたちを京都へ連れて行く話が出てくる。彼は子どもたちに約束をしていた。十三歳の誕生日を迎え、ティーンエイジャーになるときには、どこでも好きなところに連れて行ってやると。こうしてジョブズの子どもたちは、十三歳になると父や家族とともに京都を訪れる。食べ物にうるさいジョブズが、気に入った鮨屋や蕎麦屋へ子どもたちを連れて行って、最後の思い出を残したというエピソードは、切なくも心温まるものだ。

 それほどまでに外国人を、とくにヨーロッパやアメリカの著名な人たちを惹きつける京都、奈良、そして高野山。 なぜかくも多くの人々を、高野山は惹きつけるのだろうか。ひょっとすると私たちは、自分たちが生きている世界に欠けているものを、高野山という場所に、弘法大師空海という超人的なキャラクターに、半ば無意識のうちに、半ば本能的に求めているのかもしれない。消費社会で満たされないもの、お金で買えないもの。形のないもの。科学や技術のカバーできない領域にあるもの。知性や理性を超えたもの。合理的な認識や判断ではとらえそこなってしまうもの。
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