第五話

 現在、我が家には二匹の猫がいる。オス猫の「ヒース」は、れっきとした血統証付きのアメリカンショートヘアである。今年十歳になった。生後三ヵ月くらいのときに近所のペットショップで買った。いつまでも売れ残っているので、このままでは殺処分されてしまうのではないかと心配で夜も眠れず、とうとう連れ帰ってしまったのだ。もう一匹は五歳のメスで名前は「フクちゃん」。長男が公園に捨てられていたのを拾ってきた。親が親なら子も子だ。

 このうちヒースのほうが、一ヵ月ほど前に尿路結石であやうく命を落としかけた。おしっこが出ていないことに気づかず、ある朝ぐったりしているので慌てて動物病院へ連れて行ったところ、重度の尿毒症を起こしていると告げられた。カテーテルを入れて排尿させると、腎臓からの出血で真っ赤な尿がたくさん出た。しばらく入院して、なんとか一命は取り留めた。
 ところがこの一件、このままでは終わらなかった。家に帰ってきてから、やたらと粗相をするようになったのである。
 最初は尿漏れを起こしているのだと思い、家人とも「しょうがないよね」と話していた。

 まだ膀胱の状態が万全ではないのだろう。カテーテルなんてヘンなものを挿入されたことだし。そのうち治るだろうと思っていたが、甘かった。目下のところ、改善される様子は見られない。ほとんど垂れ流し状態である。非常に困った事態だけれど、叱ったところでしょうがない。粗相をしたあとをせっせと雑巾で拭いてまわり、「ファブリーズ」を噴霧して消臭に努めた。寝床でもどこでもおしっこをするので、猫そのものが臭くてしょうがない。
「おまえも耄碌したものだなあ」
 私自身、最近はちょっと泌尿器の具合が悪い。尿意を催すとがまんできないのである。

 すぐにトイレに行かないと漏れてしまう。これも難儀である。とくに車で高速道路を走っているときなどが困る。「そろそろですか? まだ大丈夫ですか?」などと自分の尿意にお伺いをたてながら、サービスエリアでこまめにトイレを済ませるなど、早めに手を打つしかない。煩わしいったらありゃしない。その上、今度は飼い猫まで尿漏れの垂れ流し状態とあっては、まさに内患外憂、どっちが内か外かわからないけれど、頭の痛い事態である。
 そうした憂いとも、しばらくはサヨナラだ。もちろん自身の切迫性尿意のことはある。だが飼い猫の粗相の始末をしなくていいだけでも、ずいぶん解放された気分である。

 ここは高野山、とりあえず雑巾とファブリーズの日々は忘れ、清浄な気分で過ごそう。  そんなこんな思いを胸に秘めて、人々は高野山へ向かう。祈願のために、修行のために、自己鍛錬や自己省察のために。世界遺産を見物に、伽藍や仏像、書や絵画を見るために。ときには物見遊山の気分で、桜や紅葉を愛でに、精進料理を賞味しに。一人で、カップルで、犬を連れて、グループで、団体で。美しい自然を求めて、清浄な静けさを求めて、心の安らぎや、魂の憩いの場所を求めて。高野豆腐に胡麻豆腐、焼き麩や各種の銘菓を購うために。
>>第六話に続く
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