第六話

 高野山で何をするのか。模範的な(?)人々は、宿坊に泊まり、早朝の勤行に参加し、山内の諸堂に参拝する。奥之院で数多くの墓や供養塔を巡り、弘法大師の御廟に粛々とたたずみ、スピリチュアルな気分に浸る。古い参詣道を歩き、昔の人々の信仰の心に触れる。善男善女が阿字観という瞑想を体験する。功徳を得るために写経をやってみる。写真を撮り、飲み喰いして、お守りやストラップ、湯呑など、高野山グッズを買い求める。

 高野山駅。改札へ向かう狭い通路を、同じケーブルカーに乗り合わせていた若い僧侶たちと肩を並べて歩く。オレンジ色の法衣に身を包んだ彼らを、私はてっきりチベットあたりからの修行僧の一団だと思った。真言密教とチベット密教、「密教」という言葉によって地理的に結びついてしまったらしい。
「ネパールから?」
「えっ?」
 いきなり話しかけられた若い僧侶の一人が、驚いたようにこちらを見る。
「どこから来たの」
「タイランド」
 少し英語のわかる僧侶が代わって答える。

「どのくらい滞在するの」
「十二週間」
 あまり英語が得手ではないのか、最小限の受け答えしかしない。言葉に自信がない点では、こちらも似たようなものなのに。これ以上の問答は無用とばかり、僧侶たちは鮮やかな法衣を翻し、足早に歩き去っていった。微笑みの国タイでは、現在でも密教が息づいているのだろうか。それは空海の「真言密教」とつながっているのだろうか。
 駅を出ると、高野町の茶原さんが車で迎えに来てくれていた。今日と明日、高野山を案内していただくことになっている。ありがたい。

 現在、高野山には大小百以上の寺院がある。「一山境内地(いっさんけいだいち)」と言われるように、山全体が一つの寺といってもいい。どうして空海は、こんなところに寺をひらいたのだろう。アクセスがいいといっても、それは電車やケーブルカーで登れるようになった近来のことで、当時は深い樹海に覆われた紀伊半島の人知れぬ山中に過ぎない。
 一つの物語が伝わっている。唐への留学を終え、帰国の道中についたとき、空海は「伽藍(修行道場)建立の地を示したまえ」と願いながら、手にした法具(三鈷杵(さんこしょう))を空中に投じた。三鈷杵は空の彼方へと飛び去った。後年、法具の行方を追っていた空海は、大和の宇智郡(うちのこおり)で一人の猟師と出会う。

 猟師は身長八尺(約二.四メートル)ほど、赤黒い肌の偉丈夫であった。手に弓と矢を持ち、黒と白の犬を連れている。その犬に導かれ、紀の川を渡り、険しい山のなかへ分け入ったところで、「この山をあなたに与える」という神託を聞く。神託したのは丹生都比売(にゅうつひめ)明神と呼ばれる、このあたりの山の主である。さらに山中を進んでいくうち、山上に忽然と平坦な土地が現れた。そこに立つ一本の松に、かつて投じた三鈷杵がかかっているのを発見した空海は、この地に真言密教の聖地をひらくことをきめたという。
>>第七話に続く
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